第71話:説明とカナタの答え

 スレイグの言葉はライルグッドから得た情報をそのまま伝えたものだったが、カナタが受けた衝撃波計り知れないものだった。

 何故なら、カナタが名前を出さないのはヤールスが後から出てきて自分の手柄を奪われないようにするためであり、そのためにリッコやロールズやリスティーと共に対策を考えてきたのだ。

 その多くが無駄になってしまったとなれば衝撃を受けるのは当然と言えるだろう。

 一方でリッコはどう言葉にすればいいのか分からなくなっている。

 カナタがブレイド伯爵領で冷遇されていたのは事実なのだが、実の両親が鉱山送りとなり、追い出されたとはいえ故郷がなくなったと言っても過言ではない状況なのだ。

 今の状況でカナタの感情を正確に理解するなどできるはずもないだろう。


「――元ブレイド伯爵領は面していた各領地に分配されており、領地を縮小した状態で代理の者が統治しているようだ」

「……代理の者、ですか? 別の者が領主になったわけではなく?」


 最後の言葉を受けて、カナタは首を傾げる。

 ヤールスやラミア、そして長男のユセフが鉱山送りとなり、次男以下は全員が平民になった状況で、別の者が領主になるわけではなく代理というのに違和感を覚えたのだ。


「これもあくまで私の推測なのだが、陛下は縮小した領地をカナタ君に引き継がせるつもりではないかな」

「……はあ!? いや、それはさすがにないですよ! 俺は領民ともそこまで関わってこなかったし、そもそも領地運営なんて全く分かりません!」

「それでも知識は持っているだろう? 少なくとも、王命に逆らったユセフよりかは」


 正直なところ、カナタも将来的にユセフがブレイド伯爵領を継ぐ事には不安しかなかった。

 その事にヤールスは気づいていたようだが、ラミアがユセフを溺愛していた事もありどうする事もできなかったのだ。


「まあ、ユセフ兄さんよりはできると思いますけど……いやいや、それ以前の問題ですから!」

「先ほども言ったが、これは私の推測だよ。そして、その答えを我々が知るには殿下に会うしかないと思っている」

「お父様はカナタを殿下に売るつもりなの!」

「リッコ、落ち着け」

「カナタ君はどうして落ち着いていられるのよ!」


 自分のために怒ってくれているリッコの気持ちはありがたいが、カナタとしては彼女やスレイグたちに迷惑を掛けたくない気持ちの方が強かった。

 ならば、自ずと彼の答えは決まってしまう。


「……スレイグさん。殿下に俺の事を伝えてください」

「カナタ君!」

「……いいのかい?」

「はい。このままではワーグスタッド家のご迷惑になってしまいます。アンナさんが私たちの子供だと言ってくれた事はとても嬉しかったです。でも、お二人の子供だからこそ、迷惑を掛けたくない」

「カナタ君……」


 カナタの名前を呟きながら涙を流すアンナ。スレイグもカナタの事を守りたいと思っているが、貴族であるが故に王命の重さというものも深く理解している。

 そして、それはカナタも同じだった。


「殿下には、元ブレイド伯爵が何かしら圧力を掛けて俺を探しているのではと疑ってしまった。誰であろうと俺の存在を伝えないで欲しいとお願いされていた。そう伝えてください」

「殿下もそこまで悪いお方ではないよ?」


 迷惑が掛からないよう思いついた事をそのまま口にしたカナタだったが、スレイグは微笑みながらそう口にした。


「スレイグさんは殿下の人となりをご存じなんですか?」

「ワーグスタッド騎士爵領へ視察に訪れた時くらいだが、何度か話をさせてもらっている。今日も威圧的な態度などはなく、むしろ突然の訪問を謝罪してくれたからな」

「……悪いようにはならない、かもしれませんね」

「ちょっと、カナタ君!」


 カナタとスレイグが淡々と話を進めている横で、リッコは彼の肩を掴み無理やり顔を自分の方へ向かせた。


「うわっ!」

「あなた、自分が犠牲になれば大丈夫だなんて思ってないわよね!」

「犠牲にとかは思ってないよ」

「それじゃあなんで淡々と話を進めてるのよ! 私は嫌よ、せっかく楽しくなってきたのに!」

「……これも、俺が通るべき道なのかなって思ったんだ」

「……道ですって?」


 カナタの言葉にリッコは手を放し、真っすぐに彼を見つめて耳を傾けた。


「錬金鍛冶なんて力、俺は見た事も聞いた事もない。なら、この力は何のために生まれてきたんだろうって思った事があるんだ。大げさな話になるけど、もしかしたら何か良くない事がアールウェイ王国で起きていて、それを乗り越えるために生まれてきたんじゃないかってさ」

「……本当に、大げさな話ね」

「だろ? でも、殿下が顔も名前すら知らなかった俺の事を探してるって事は、今言った大げさな話ではないにしても、何か起きている可能性は少なくないはずだ」

「……それを解決するために、自分を犠牲にするっていうの?」

「犠牲じゃない。俺が俺であるために必要な道なんだよ、これは」


 カナタの言葉は多くの者が大げさだと笑い飛ばしてしまうかもしれない。だが、少なくともこの場にいる者は誰一人として笑い飛ばすなんて事はしなかった。

 むしろ、真剣に耳を傾けてそうかもしれないと考え始めていた。


「……カナタ君の決意は分かった。明日、殿下が泊まる宿屋に私が報告へ向かおう」

「ありがとうございます、スレイグさん」

「だがなあ、カナタ君。殿下が君を害そうとしていると分かれば、私は真っ向から対立する事をここに誓うよ」

「え?」

「私もよ、カナタ君」

「アンナさんまで」

「私がカナタ君の剣になってあげるわ!」

「ごめん、リッコ。それだけは勘弁してくれ。ってか、殿下に切り掛かるなよ!」

「えぇ~? それくらい良いじゃないのよ~」

「絶対にダメだからな!」


 最後の最後には笑い声がリビングに広がった。

 明日、殿下と顔を合わせてどのような話がされるのかは分からない。しかし、相手が王族であれ家族を守ると誓った想いは本物だ。

 カナタだけではなく、スレイグも固い決意を心に秘めての就寝になったのだった。

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