第70話:夜の話し合い

 その日の仕事はロールズの懇願により残業に次ぐ残業となった。

 すでに太陽は完全に沈み、月が完全に上っている。

 日を跨ぐ事はなかったが、それでも過去を振り返ってみても最長の残業になった事は間違いなかった。


「……つ、疲れた。今日はマジで、疲れた」


 よろよろしながら歩く姿を見ると、この人物がまさかワーグスタッド騎士爵の館に向かうとは思いもしないだろう。

 門兵からものすごく心配されたものの、仕事が忙しかったからと苦笑いしながら告げて門を開けてもらった。

 夕食を食べ損ねたなと思いつつ館に入ると、そこには意外な光景が待っていた。


「おかえり、カナタ君」

「……スレイグさん? アンナさんにリッコまで、どうしたんですか?」


 みんな寝ているか部屋に戻っているだろうと思っていたものの、まさか玄関で待っているとは思ってもみなかった。


「……少し、話があってね」

「……俺にですか?」

「立ち話もなんだから、リビングに行きましょ~」


 アンナがリビングへ促して歩いている間も、前を進むリッコは一言も発しない。

 いったい何があったのかと不安を覚えながらリビングのソファに腰掛けると、アンナが軽食を運んできてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「まずは食べてちょうだいね~」

「でも、何か大事な話があるんですよね?」

「構わないよ。仕事が忙しくて夕食をとっていないのだろう?」

「まあ、そうですけど……」


 これ以上は何を言っても話が進まないと判断したカナタは腹を満たすために食事を口へ運んでいく。

 その間は誰が会話をするでもなく、無言の時間が続いてしまう。

 食事を食べ終わると運んできた時と同じでアンナが食器を下げて戻ってくると、スレイグが重い口を開いた。


「……今日の昼前、カナタ君を訪ねてきた者がいた」

「……え? お、俺を?」


 自分を訪ねてくる者の心当たりを考え始めたカナタだったが、全く思い浮かばない。

 強いて挙げるならブレイド家が何か用があって探しているくらいだが、わざわざ勘当した挙句に館があるアッシュベリーから追い出した人間を探すだろうかと疑問も残った。


「……あの、いったい誰が俺の事を?」

「……この国の第一王子、ライルグッド・アールウェイ殿下だ」

「…………はい?」


 カナタの反応も当然と言えるだろう。王族が訪ねてくる覚えもなければ、実際に顔を合わせた事すらないのだから。


「その、どういった理由で俺を訪ねてきたんですか?」

「分からない。理由に関しては口にしてくれなかったのだ」

「そう、ですか」

「だがまあ、今のところは分からないと言っておいたけどね」

「そうなんですね。…………はあ!? な、なんで分からないなんて言ったんですか! バレたら反逆罪で捕まりかねませんよね!」


 貴族家の五男で政治や領地運営にはほとんど関わってこなかったカナタだが、王族に逆らったらどうなるかくらいは知っている。

 殿下であるライルグッドが動いている案件に対して虚偽の報告をしたとなれば、それは王族への反逆罪と取られてしまう恐れがあり、場合によっては極刑に処される事だってある。

 そんな危険を冒してまで自分の存在を隠した意味が理解できず、カナタは大声をあげてしまった。


「……これは私の推測に過ぎないが、殿下はカナタ君の力に気づいているかもしれない」

「俺の力って……錬金鍛冶師についてですか?」

「あぁ。おそらくはブレイド伯爵領で何かしら情報を得て、探しているのだろう」

「クソ親父に会ったって事ですか? でも、あの人が俺の名前を殿下に伝えるなんてあるかな?」

「錬金鍛冶で作った作品が残っていたのではないか?」


 腕組みをしながら当時の事を思い出そうとしたカナタは、錬金鍛冶で作った作品が二振りある事を思い出した。


「……あっ! 確かにあります。ザッジさん……俺の師匠になるはずだった人の工房で複製を一本と、検証のためにナイフを一本作ってます」

「そのナイフはブレイド伯爵の館に?」

「はい。でも、クソ親父に奪い取られたからそのまま捨てられたと思いますけど……でも、それと錬金鍛冶に何の関係が?」

「それは私にも分からない。ただ、あのままカナタ君の事を話してしまえば、君が連れて行かれるのではないかと思ったのだよ」


 連れて行かれる、という言葉の途中でリッコが一瞬だけ体を震わせる。

 その事に気づいたのはアンナだけで、彼女は優しくリッコの肩に手を置いていた。


「連れて行かれるって、どうして?」

「推測に推測を重ねるのはあまり好きではないのだが、王族は錬金鍛冶について何かしらの情報を持っているのかもしれない。そして、その力を手に入れようとしている」


 スレイグの推測は正しかった。

 だが、あくまでも推測でしか話をする事ができない彼らにとってはどうする事が正解なのかを導き出す事は難しい。


「……嫌よ」


 その時、か細い声でそう呟いたリッコが俯いていた顔を上げてカナタに叫んだ。


「カナタ君がいなくなるなんて絶対に嫌よ! ブレイド伯爵領では理不尽な扱いをずっと受けてきて、ここでやっと自分の力を出せるようになったのに、それをまた奪い取られるって事じゃない!」

「落ち着いなさい、リッコ」

「どうしてお父様はそんな冷静でいられるのよ! 力があると分かった途端、手のひら返しでカナタ君を利用しようとするなんて、おかしいじゃない!」

「……まさか、クソ親父が俺の情報を王族に売った?」


 リッコの叫びとカナタの呟きから、二人が勘違いしていると理解したスレイグはまだ伝えていない事実を口にする。


「ブレイド伯爵がカナタ君を利用しようとしているわけではないよ」

「え? でも、だったらどうして?」

「もう! 何が起きているのか分からないわよ! 何を隠しているの、お父様!」

「……どうやら、ブレイド伯爵は爵位を剥奪されて鉱山送りになったらしい」

「「…………はああああああああぁぁ!?!?」」


 あまりに予想外の事実に、二人は驚きの声をあげる事しかできなかった。

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