第69話:急展開

 楽しい引っ越し祝いを終えた翌日も仕事という事で、カナタは少し早く起きて準備を始めた。

 なぜ早く起きたのかと言えば、昨日のロールズの言葉が頭に残っていたからだ。


「稼ぎ時かぁ……ロールズさんなら、俺よりも早く出勤してそうだな」


 早く出勤してすぐに錬金鍛冶ができるように準備しておこうと考えたカナタだが、その先を行くのがロールズだろうと内心で思い苦笑する。

 今の自分がどれだけ彼女から受けた恩を返す事ができているのかを考えると、まだまだ頑張らなければならないと思ってしまう。

 それに、ロールズだけではなくリッコにも大変世話になっており、さらに今では生活の拠点も提供してもらっている。

 こうなるとリッコだけではなくスレイグにも恩返しをしなければならないと思っていた。


「しかし、領地のために何かできる事とか、あるのか? 未開発の鉱山があるとか言ってたけど、それの役に立てるかなぁ?」


 鍛冶師が少ないせいで質の良い武器や武具が手に入らず鉱山の開発が進まないと以前にリッコから聞いていたカナタは、ロールズ商会の発展と共に武器や武具を作れればワーグスタッド騎士爵領の発展にもつながるのではと考えた。


「……よし! 今日も一日頑張るか!」


 頬を叩いて気合いを入れたカナタは、食堂で朝食を済ませると廊下で顔を合わせたスレイグやアンナに挨拶をしてから館を出たのだった。


 ◆◇◆◇


 カナタがギルドビルへ向かってからしばらくして、二人の人物が館を訪れていた。

 本来であれば先触れもなしに訪れた者とは合わないスレイグだったが、門兵から相手の素性を耳にすると慌てた様子で椅子から立ち上がり玄関へと向かう。

 門兵が開門して二人の人物が近づいてくると、その顔立ちを見て確かに本人であるとスレイグは確信を得た。


「……ようこそおいでくださいました――ライルグッド殿下、アルフォンス様」


 スレイグを訪ねてきたのは、カナタ捜索のためにワーグスタッド騎士爵領に入っていたライルグッドとアルフォンスだった。


「急な訪問で申し訳ありません、ワーグスタッド騎士爵」

「とんでもございません。まずは館へご案内いたしますので、どうぞ中へ」

「あぁ」


 どうして第一王子が、それも護衛騎士がたった一人というのも気になったスレイグだが、立ち話をするわけにもいかずに速やかに館へ案内する。

 リビングではすでにアンナが準備を整えており、メイド長も最高級の茶葉を入れて待ち構えていた。


「お久しぶりでございます、ライルグッド殿下」

「アンナ・ワーグスタッドだったな。元気そうで何よりだ」

「そのようなお言葉をいただけるなんて、ありがとうございます」


 挨拶もそこそこにテーブルを挟んで腰掛ける。

 スレイグとアンナは隣同士に、向かいにライルグッドが座るとアルフォンスはその後ろで直立不動の体勢を取っていた。


「……それで、殿下。本日はどういったご用向きでこのような辺境へ?」

「あぁ。実は、とある人物の捜索任務を陛下から受けていてな」

「捜索任務、ですか? そのような危険人物が我が領地に入り込んでいると?」


 ライルグッド自らが捜索している人物とあって、スレイグは勝手に相手が危険人物だと推測していた。


「危険人物ではない。むしろ、こちらで庇護しなければならない相手と言えばいいだろうな」

「王族が庇護する様な相手が、このような辺境の地に? ……心当たりはありませんが、何か情報はございますか?」


 首を傾げながらもそう質問したスレイグに対して、ライルグッドが口を開く。


「我らが捜索しているのは――カナタ・ブレイドという人物だ」


 カナタの名前が出た途端、スレイグの表情は――一切変わる事はなかった。


「……カナタ・ブレイド。ブレイドという事は、ブレイド伯爵家の人間という事ですか?」

「あぁ。そこの五男なのだが、元ブレイド伯爵はあろう事かカナタ・ブレイドを勘当していて居場所が分からないんだ」

「ブレイド伯爵領にもいない……え? も、申し訳ございません、殿下。元ブレイド伯爵と、仰いましたか?」


 話題を変えようとしたわけではないが、スレイグからすると元と付けられたブレイド伯爵の事が気になってしまったのだ。


「近々発表があると思うが、ヤールス・ブレイドは陛下へ献上する剣の制作方法などについて偽っていた。陛下を騙した罪で爵位剝奪となり、その決定に逆らい鉱山送りになったのだ」

「……なんと、そのような事が起きていたとは」

「さらに、ヤールスの妻であるラミア・ブレイドと長男のユセフ・ブレイドも異を唱えた事で鉱山送り。次男から四男までは決定を受け入れて平民として働いている」


 自業自得であるとはいえ、明日は我が身かもしれないスレイグからすると寒気のする話である。

 とはいえ、カナタの事すらも冷遇していた相手なので寒気はしても少しだけスッキリした気分にもなっていた。


「話を戻すが、カナタ・ブレイドが元ブレイド伯爵領から西に向かったという情報を得ていてな。現在、捜索隊にてスピルド男爵領を含めて周辺の領地まで捜索の手を広げている状況だ」

「そうだったのですね。であれば、我々も何かしら情報が入りましたら殿下へお伝えを……っと、情報のやり取りはどのようにして行えば?」

「しばらくはこちらに滞在する予定だ。アルフォンス」

「はっ。こちらがスライナーダでの滞在先になります。発つ時には改めてご挨拶に伺いますので、それまではこちらへ顔を出してください」


 ライルグッドの合図を受けてアルフォンスが滞在先の掛かれたメモをスレイグの前に差し出した。


「かしこまりました」

「では、失礼する」


 立ち上がったライルグッドとアルフォンスを見送ると、スレイグはどうしたものかと頭を抱えた。


「……あなた」

「……分かっているよ、アンナ」


 カナタの事を自分の子供だと思い接しようと決めた矢先の事である。

 お互いに肩を抱き合いながら、二人の姿が見えなくなった後も門の先を見つめていたのだった。

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