第68話:ロールズの戦略

 作業部屋に入るや否や、ロールズが歓喜の声で詰め寄って来た。


「ついにロールズ商会の名前が王国全土に轟く時が来たわよ!」

「……いや、いきなりそんな事を言われても」

「嬉しくないのカナタ君!」

「……せ、説明を求めます」


 興奮したロールズの説明は要領を得なかったが、カナタは最後まで話を聞くと確認の意味も込めていくつかの質問を口にした。


「――えっと、まず最初の確認なんですが、王都の冒険者ギルドオークションでロールズ商会の名前が広がりを見せたと」

「うんうん!」

「……それで、その噂を耳にした王都のいくつかの店から商品を卸して欲しいと話が来たと」

「そうそう!」

「……それって、結構な量になりますよね?」

「そういう事~!」

「…………今日も定時で帰りますよ?」

「なんでよ! 稼ぎ時なんだけど!」


 カナタはそこでワーグスタッド騎士爵家に引っ越しをした事、そして今日は定時で帰ってくるようにアンナから言われている事を伝えた。


「……え、ええぇぇぇぇ?」

「いや、俺に言われても。抗議ならワーグスタッド騎士爵様にお願いしますね?」

「……その役目、代わってくれない」

「いやいや。俺は早く帰りたいし、祝ってもらいたいから帰りますよ」

「…………そ、そんなああぁぁぁぁ~」


 悲痛な叫び声をあげたロールズだったが、こればっかりはカナタも仕方がないと思うしかなかった。


「くっ! ……な、ならば、できるだけの仕事をしてもらうわよ、カナタ君!」

「ちゃんと休憩はさせてくださいよ? そうじゃないと商人ギルドに訴えますからね?」

「もちろんよ! これはカナタ君の魔力総量を増やすためのものでもあるんだからね!」


 悔しさの腹いせか、ロールズはカナタのためだと言って瞳の奥に炎を点す。

 明らかに自分のためだと思わなくもないが、カナタもカナタで魔力総量を増やす事が本当に自分のためになると理解しており、さらにロールズのために働きたいという思いも持っている。故に――


「……休憩をいただけるなら問題ありません。やってやりますよ、どんどん持ってきてください!」

「そう言ってくれると思ってました! よろしくね、カナタ君!」


 ロールズが無理やりにカナタの錬金鍛冶を使っているのかと思えば、意外と上手くかみ合っているようにも見える二人。

 すでに作業部屋の中には大量の素材が山積みされているのだが、カナタは気にする事なく鍛冶や錬金術と作業をこなしていく。

 途中で三分の一ほどになった素材も、次に顔を上げると元の数に戻っていたりする。

 その都度ロールズに顔を向けるとニコニコと笑っているだけだった。


「……いいだろう、やってやる!」


 ブレイド伯爵家で冷遇されていた中でもやる気を失わずに耐えに耐えてきたカナタは、生粋の負けず嫌いでもあるのだろう。

 だからこそ自分を鼓舞してロールズの無茶ぶりですらこなしてやろうと思えている。


 ――こうして休憩を挟み日が傾いていくと、ロールズの想定以上の数が商品として完成する事になったのだった。


 ◆◇◆◇


 そして夜になり、カナタは今日もリッコと一緒に帰路についていた。

 最初は道を覚えているからと断っていたカナタだったが、リッコが頑なに帰ってくれなかったので諦めたのだ。


「本当によかったのに」

「一人で帰るよりも、誰かと帰る道のりの方が楽しいじゃない?」

「まあ、確かに」


 一人だとただ黙々と歩きだけの道のりも、誰かと一緒であれば話し相手になってくれる。

 ただそれだけのために一時間近く待ってくれていたリッコには頭が上がらなかった。


「ありがとな、リッコ」

「なんでお礼? 先に帰っても暇だし、手伝わされるだけって分かってたからねー」

「なんだよそれ」


 何気ない会話だが、それがカナタには楽しかった。自然でいられると言ったらいいのだろうか、肩ひじ張らずに普段の自分でいられるのだ。

 そうして到着した館の玄関を潜ると、そこでは子供たちが迎えてくれた。


「おかえりなさい、カナタお兄様!」

「おかえり、カナタ兄!」

「ちょっと! 私もいるんだけど!」

「あはは。おかえり、二人共。準備はできてるから、食堂に行こうか」


 キリクとシルベルにリッコが頬を膨らませるが、すぐにアルバがフォローを入れて食堂へ促してくれる。


「ただいま。うん、行こうか」


 カナタがそう口にすると、リッコに怒られていた二人が満面の笑みを浮かべて左右の手を取り食堂へ走っていく。

 つられてカナタも走る格好になったが、その顔は笑っている。そして――


「「カナタ君! ようこそ、ワーグスタッド家へ!」」


 食堂を入るとすぐにスレイグとアンナが拍手で迎えてくれた。


「……あ、ありがとうございます、スレイグさん、アンナさん」

「うふふ~。また泣いちゃうかしら~?」

「も、もう泣きませんよ!」

「泣いてもいいんだぞ?」

「スレイグさんまで!」

「ほらほら! 入口で立ち止まってたら後ろがつっかえちゃうよー! 早く中に入ってよー!」


 からかわれるカナタを助けるようにリッコが後ろから声を掛けると、全員が笑いながらそれぞれの席に着く。

 テーブルにはすでに豪華な料理が並べられており、それを見るだけでお腹が音を立ててしまう。


「はいは~い! それじゃあいただきましょ~!」


 アンナの合図を受けて、カナタにとってこれまでで一番楽しい夕食が始まった。

 その日のワーグスタッド騎士爵の館は夜遅くまで光が灯っており、そして賑やかな声が遅くまで響いていたのだった。

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