第67話:朝からバタバタ
ワーグスタッド騎士爵の館に引っ越してから初めての朝である。
リスティー夫妻の家では静かな朝を過ごす事ができていたカナタだが、ここではそうはなかったようだ。
「……廊下が騒がしい?」
貴族の家はこれが普通なのかと思ったが、ブレイド伯爵の館ではそうでもなかった事を思い出して困惑してしまう。
着替えを済ませて少しだけドアを開けると、その隙間から廊下を覗き見る。
メイドがパタパタと走り回っており、とても忙しそうだ。
「あっ! お、おはようございます、カナタ様!」
「おはようございます。あの、何かあったんですか?」
「何か?」
カナタの存在に気づいたメイドが挨拶をした事もあり何かあったのかと聞いてみたのだが、メイドは首を傾げた後に口を開いた。
「……何もありませんよ?」
「……そうなんですか?」
「はい! それでは失礼しますね!」
早足で去っていくメイドを見送りドアを閉めたカナタは、これが普段の光景なのだろうと納得して椅子に腰掛ける。
昨日の事を思い出そうとしたが、頭に浮かんでくるのは大泣きしてしまった自分の姿ばかりで恥ずかしくなってしまう。
「……うぅぅ、顔を合わせにくいなぁ」
スレイグやアンナは大人の対応を見せてくれるだろうが、リッコやその兄弟たちはどうだろうか。
いきなりからかわれると仲良くなる足がかりを上手く掴めなくなりそうで怖いと勝手に思っていた。
「……まあ、行くしかないよなぁ」
部屋に閉じこもっていても意味がないと腹をくくったカナタは、気持ちを強く持って最初に案内されたリビングへ向かう。
カナタに与えられた部屋は二階に上がったところを右に曲がった角部屋だ。
いくつかのドアの前を通り過ぎて進んでいると、一つのドアが開かれて中から長男のアルバが姿を現した。
「お、おはよう、アルバさん」
「おはよう、カナタ君」
ニコリと笑顔を見せながら挨拶を交わす二人だったが、カナタの表情はどこか硬い。先ほどの考えが顔に出てしまったのだ。
「……昨日の事は気にしてないからね」
「……お恥ずかしいところをお見せしました」
「そんな事はないさ。ワーグスタッド家はそうでもないけど、他の貴族家では子供に色々と苦労を強いているところもあるって父上から聞いているからね。ブレイド家でもそうだったんだろうなって、みんな理解しているからね」
「……ありがとう」
アルバの言葉を聞いたカナタの表情は苦笑ではあるけれど自然なものに変わっている。
リビングに向かおうとしていたカナタだったが、朝食は食堂で食べるという事でアルバの案内で移動すると、すでに他の面々は集まっていた。
「おはようございます、父上、母上」
「お、おはようございます」
「あぁ、おはよう。二人共、席に着きなさい」
スレイグがそう促すとアルバが移動し、そのまま手招きされたので隣の空いている席に座ると即座にメイドが料理をテーブルに並べていく。
「では、いただこうか」
スレイグの言葉で食事が始まり、カナタも料理を堪能していく。
ブレイド家の料理よりも質素なものだが味は負けておらず、むしろこちらの方が美味しいと思えるほどだ。
皆が食事を堪能した後、アンナが微笑みながら口を開いた。
「そうそう、カナタ君。今日の夜はあなたの歓迎会を兼ねて豪華な食事を用意するからね~」
「え!? ……いいんですか?」
「もちろんよ~。だから、ロールズちゃんには残業にならないよう言っておいてね~」
「分かりました、伝えておきます。……あれ? アンナ様はロールズさんを知っているんですか?」
ロールズ商会は商会の中でも新興である。それにもかかわらずアンナが知っている事にカナタは驚いていた。
「うふふ~。領内の事は結構把握しているのよ~」
「それに、ロールズ商会はバルダ商会を潰すのに力を貸してくれたからね。私から話題に挙げて色々と話をしていたのだよ」
カナタの疑問にアンナだけではなくスレイグも答えてくれた。
「そうだったんですね」
「ロールズちゃんも頑張っているようだけど、今日だけはね~」
「私からも言っておくわよ、お母様」
リッコがそう口にすると、アンナと二人で大きく頷いていた。
「……ロールズさん、苦労しそうだなぁ」
その苦労を作り出しているのが自分だという事は置いておき、カナタはそんな事を呟いていた。
そして、食事を終えたカナタはリッコと共にギルドビルへ向かうためにワーグスタッド騎士爵の館を後にした。
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