第64話:ワーグスタッド騎士爵の館

 久しぶりに日が沈み切る前に仕事を終えたカナタは、いつもよりも疲れていないはずなのだが体に染みついたように大きく伸びをして体をほぐし始めた。

 椅子から立ち上がり作業部屋を出ると、ちょうど迎えに来ていたリッコと顔を合わせる形になった。


「おっと!」

「あら? 今日は早かったのね」

「ロールズさんが仕事を減らしてくれたんだよ」

「え? あのロールズさんが?」

「あぁ。なんだか謝られたけど……まあ、気にするな」


 首を傾げているリッコに笑みを向けながら部屋を出ると、カナタを追い掛けて彼女をついていく。


「本当に何があったの? 仲が悪くなってたりしないわよね?」

「大丈夫だよ。今回のあれはロールズさんが悪いわけだしな」

「うーん……まあ、カナタ君が大丈夫だって言うなら信じるけどさぁ」

「それよりも引っ越しだ。今日からよろしくな」

「それもそうね。よろしく、カナタ君!」


 最後の言葉だけは満面の笑みを浮かべ、リッコと共に通りを進んでいった。


 他愛のない話をしながら進んでいると、通りの先に一際大きい館が見えてきた。

 近づくにつれてその大きさがはっきりとしており、途中からカナタの視線が上の方に向き始めている。

 最終的に門の前に到着すると引越しを決意した過去の自分を止めてあげたい衝動に駆られてしまった。


「……で、でかくないか?」

「そうかしら? 他の貴族と比べたらそこまで大きくないと思うわよ? それこそ、ブレイド家の館の方が大きかったんじゃないの?」

「……あー、確かにそうかも。スライナーダで長く生活し過ぎて忘れてた」

「まあ、スライナーダの建物の中では大きい方だもんね」


 リッコの指摘からよくよく考えると、確かにブレイド伯爵の館の方が倍以上の大きさを誇っていた。

 無駄に部屋数が多く誰も使っていない部屋もあったのだが、ヤールス曰く『貴族は威厳を見せつけるのが大事なのだ!』という事らしい。

 それを考えると、ワーグスタッド騎士爵の館は貴族中では小さいほうかもしれないと思い直していた。


「貴族と言っても辺境の騎士爵家だからね。他の貴族が訪れる事もほとんどないし、これくらいがちょうどいいのよ」

「そういえば、リッコって兄弟は?」

「兄が一人に弟が二人」

「男兄弟だけなんだ。……だから男勝りになったのか?」

「あぁん?」

「……ごめんなさい」


 普段よりも一際低い声を出してきたリッコへ即座に謝ったカナタ。ジト目を向けられているからか遠くに視線を送っているが、その威圧感は半端なく冷や汗をかいてしまう。


「……いいの、カナタ君の言う通りだしね」

「あ、やっぱり?」

「そこでやっぱりって言えるカナタ君の胆力が羨ましいわね」

「うっ!?」

「……うふふ、冗談よ。でも、そのおかげで魔獣と戦える力を付ける事ができたし、冒険者として他領地を回る事もできたんだけどね」


 力こぶを作りながらそう口にするリッコを見ていると、同じ貴族でもこんなにも違うんだなと思えてしまう。


「門の前で話をするよりは、さっさと中に入ってゆっくりしましょう」

「それもそうだな」

「それじゃあ――ようこそ、ワーグスタッド騎士爵の館へ!」


 リッコがそう口にすると、門の前に立っていた門兵がゆっくりと開いていく。

 満面の笑みを浮かべて門を潜るよう促してくれたリッコに笑みを返し、カナタも歩き出した。

 門兵も笑顔を浮かべており、リッコやスレイグだけではなくワーグスタッド騎士爵に関わる多くの人が歓迎してくれていると伝わってくる。

 玄関へと続くアプローチを進んでいくと、先触れが届いていたのか玄関前にはスレイグともう一人、二人と同じ茶髪を腰まで伸ばしているおっとりとした女性が立っていた。


「おおおおぉぉおおぉぉっ! カナタくううううぅぅううぅぅん!」

「うるさい! バカ親父!」

「あらあら~。あなたがカナタ君ね~?」

「え? あの、その……え?」


 一人は涙しながら大声で名前を呼び、一人は父親をバカと呼び、一人は周りを気にする事なく声を掛けてくる。

 色々な情報があり過ぎて話題の中心にいるカナタは完全に困惑していた。


「カナタ君が困惑してるじゃないのよ!」

「ようやく来てくれたか! ささ、中に入るのだ、カナタ君!」

「うふふ~。今日からよろしくね~、カナタ君」

「あ、はい。よろしくお願いします!」


 スレイグの勢いに負けてそのまま館の中に入ると、そこではリッコの兄弟たちが出迎えてくれた。


「君がカナタ君だね?」

「意外と小さいんだな!」

「よ、よろしくおねがいします!」


 全員茶髪の男兄弟たちが気安く話し掛けてくれ、カナタは少し嬉しくなってしまった。


「あの、よろしくお願いします、皆さん」

「敬語とかはいらないからね」

「そうそう! 同じ館で暮らす仲になるんだしな!」

「うん!」

「あ、ありがとうござ……いや、ありがとう」


 快く自分の事を認めてくれた三人にお礼を口にすると、全員でリビングへと移動したのだった。

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