第63話:かわいそうなロールズ

 まさかの即引っ越しになったカナタは朝食を完食するとリスティーよりも早く家を出てギルドビルへと向かった。

 リッコがいるとは限らないが、それでも仕事前に顔を合わせる事ができれば話が早いと判断したのだ。

 そして、リッコも同じ考えだったようでギルドビルの入口が見えてくるとそこでカナタは彼女を姿を見つけていた。


「リッコ!」

「あっ! おはよう、カナタ君。朝早くからどうしたの?」

「あー……仕事前に引っ越しの話ができればなと思ってさ」

「あー……それ、私も同じだわ」

「「……ははは」」


 お互いに考えを共有できたところで、二人は顔を見合わせて苦笑する。

 とはいえ、仕事前に話ができる事も確かなのでリッコは話を進める事にした。


「それじゃあ、私はお父様に引っ越しの事を伝えておくわね」

「助かる。部屋の準備はできてるって話だったけど……マジで今日からでも大丈夫なのか?」

「問題ないわよ! っていうか、早く来ないとまたバカ親父……お、お父様が暴走しかねないからね!」

「……なんかもう、訂正しなくてもいいんじゃないか?」

「……ごめん」


 リッコがスレイグの事をバカ親父と口にしているところを何度も耳にしているカナタとしては、言い直さなくても別にいいのではと思い始めていた。

 それでもあえて言い直すのがリッコの性格なのかもしれないが。


「カナタ君はこの後仕事だよね?」

「あぁ。まーた魔力枯渇までこき使われるんだろうなぁ」

「うふふ。でも、文句を言っている割にはとっても充実してる顔をしてるわよ?」

「……うえぇぇ。そうか?」

「うん、そうよ」


 すぐに嫌そうな顔をしたカナタだったが、リッコは楽しそうに笑いながら軽く手を振った。


「それじゃあ私も行くわね。帰りは館に案内するからそっちに迎えに行くわ」

「ありがとな、リッコ」

「これくらいどうって事ないわよ。また後でね!」


 ギルドビルに入っていったリッコの背中を見送ると、カナタもゆっくりと歩き出す。


「――なんだか楽しそうだったわね~、カナタく~ん?」

「うわあっ!?」


 だが、ギルドビルに入る前に何者かが肩に手を回してきて耳元で声を掛けてきた。


「……な、何をするんですか! ロールズさん!」

「えぇ~? 何をって、楽しそうだったから~……からかってみた?」

「からかわないでくださいよ!」

「あはは! 冗談よ、じょーだん!」

「……驚かせてからの冗談はもう冗談じゃないですからね?」


 ジト目を向けながら恨み節を呟くカナタだが、それでもロールズはニヤニヤ顔を止めようとしない。むしろ、どんどんと深まっていくように思える。


「ワーグスタッド騎士爵様の館に引っ越すんだってね~」

「……そうですけど?」

「いいな~! 豪華な食事にふわふわなベッド! そして夜は……ムフフ的な?」

「何を考えているのかは分かりませんが、これは俺のためですからね。お金を節約して将来に備えるためですし、衣食住を充実させて仕事をやりやすくするためでもあります。いわば、ロールズ商会のためでもあるんですよ!」


 少しだけ苛立ってしまったカナタは強い口調でロールズへ言い放つ。


「本当にそれだけかな~? だったら私の家でも良かったじゃないのよ~?」

「……面倒くさい」

「……えぇっ!?」

「その態度が面倒なので遠慮します。それじゃあさっさと作業部屋に行って仕事をしましょう。終わったら引っ越しもありますし、俺も忙しいので」

「あの、えっと、カナタく~ん? ごめん、怒っちゃった?」

「……」

「ほ、本当にごめん! ごめんなさい! 怒らないでよ!」


 どれだけ謝られても顔を背けたまま歩き出したカナタ。そんな彼を追い掛けて謝罪を口にしているロールズ。

 この光景はギルドビルにいた多くの人が目撃しており、どっちが商会長でどっちが雇われ鍛冶師なのかと呆れ顔を浮かべている者が多かった。


「今日の仕事は少なくするから! 許してよ、カナタく~ん!」


 そして、発言の内容から完全にロールズが悪いのだと誰もが理解し、自分の仕事をするためにさっさと持ち場に戻っていく。


「……はぁ」


 カナタはため息をつきながら、最終的にはロールズを許して今日の仕事量を減らしてもらう事にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る