第62話:引っ越し準備

「――……お、終わったぁ~」


 ロールズが置いていった素材の山を休み休みとはいえ片付けたカナタは、最終的には机に突っ伏してそう呟いた。

 突っ伏すのも慣れたもので、今では体に負担が掛からないよう突っ伏す事ができるようになっている。


「……そんな特技、いらないんだけどねぇ~」


 大きくため息をつきながらそう呟いてしばらく、カナタはゆっくりと体を起こして伸びをする。

 作業台に手を付いて立ち上がったタイミングでドアがノックされた。


「はーい」


 カナタの返事を受けて開かれたドアの先に立っていたのは、リッコだった。


「お疲れ様、カナタ君」

「あぁ、お疲れ様、リッコ」

「今日の仕事は終わったのかしら?」

「ついさっきね。もう魔力がすっからかんだよ」


 軽く両手を上げて首を左右に振りながら苦笑する。

 その姿にリッコも似たような表情を浮かべると、そのまま口を開いた。


「それで? 泊まる場所については考えたのかしら?」

「あぁ、その事についてはもう結論が出たよ」

「あら、そうなの?」

「そっちに引っ越してもいいかな?」


 あっさりと返事を貰えた事で驚いたリッコだったが、希望の答えだった事もありすぐに笑顔を浮かべた。


「そう! よかった、もう部屋の準備もできてるんだ!」

「えぇっ!? そ、そうなのか?」

「そうよ! だからすぐにでも引っ越しは可能よ!」

「は、早いなぁ」

「当然! というわけで、今日にも移動する? 荷物もほとんどないわよね?」

「だから早いって! リスティーさんたちにはお世話になったんだし、ちゃんと挨拶させてくれよ!」


 すぐにでも引っ越しを終わらせたいのか、リッコは前のめりになって詰め寄ってくる。

 カナタとしてはリスティー夫妻にちゃんとお礼をしてから出るべきだと思っているので、昨日の今日で出て行くのはさすがに礼儀に欠くと判断していた。


「……まあ、それもそうよね」

「そりゃそうだろ」

「ごめんね、先走っちゃった」

「いや、その気持ちは嬉しいんだけどな」


 何故か頬を赤らめるリッコにカナタも謎の照れを感じてしまう。そこで黙り込んでしまったのも照れに拍車を掛けていた。


「……そ、それじゃあ、俺は帰りますね!」

「そ、そうね! 私もその話をしに来ただけだから!」


 慌てたようにカナタが口にすると、リッコも乗っかってバタバタとギルドビルを二人で出て行く。

 入口までの沈黙がさらにぎこちない雰囲気を作り出していたが、外に出るとすでに日は沈んでおり月明かりが大地を照らしている。

 そこで再び大きく伸びをしたカナタは、リッコへ向き直ると笑みを浮かべて口を開いた。


「リッコ。いつもありがとうな」

「な、何よ突然」

「今の俺があるのって、リッコとの出会いがなかったらあり得なかったんだよなって、改めて思ったんだよなぁ」

「……まあ、魔獣に喰われて終わってたもんね」

「あはは。確かにその通りだ。……だからこそ、リッコに甘えるのが良い事なのか悩んでたんだよな」


 ワーグスタッド騎士爵の館で世話になるという事も、リッコに出会っていなければあり得なかった事だ。

 全てがリッコから始まっている事を考えて、カナタは何もかも世話になってしまっていいのかと思っていた。


「でも、イーライさんと話をして、今の俺はまだまだ力のない職人なんだって改めて理解できたんだ。だから、俺が力になれる時が来たら、その時に助けられたらいいと思えるようになったんだ」

「そっか。それなら、ワーグスタッド騎士爵領のためにまだまだこき使わせてもらうからね!」

「おう! そのつもりで世話になるんだからな!」


 カナタは快活な笑みを浮かべると右の拳を前に突き出した。

 そして、リッコも右の拳を突き出してぶつけ合う。


「準備ができたら声を掛けるよ」

「待ってるね、カナタ君」


 先ほどまであったぎこちない雰囲気はどこへやら、お互いに笑みを浮かべながら別れた。


 ――その日の夜、カナタはリスティー夫妻に感謝の言葉を改めて伝えると、ささやかなお金を包んで手渡した。


「いらないわよ?」

「いらないね」

「でも、もう出る事になりますし、これくらいは――」

「「いらないから!」」

「……はい」


 結局、カナタは満足なお礼ができないまま引越しをする事になった。


(どこかのタイミングで絶対に何かをプレゼントしよう。何がいいかなぁ……)


 そんな事を考えながら、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。

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