第61話:寝泊まりする場所
翌朝、カナタは朝食の席で自分の答えを二人に伝えた。
「リスティーさん、イーライさん。俺はワーグスタッド騎士爵様の準備が整い次第、移動したいと思います」
答えを聞いた二人は一度顔を見合わせた後、カナタの方へ向き直り口を開いた。
「そう、分かったわ」
「よく決意したね」
「自分を優先して考えた結果ですよ、イーライさん」
「そうか。それじゃあ、僕たちの事も移動するまではしっかりと使ってくれて構わないからね」
「使うって、そんな事はしませんよ。できるだけ恩を返していきたいと思います」
苦笑しながらそう口にすると、その後は雑談を交わしながらの朝食となった。
朝食を終えて家を出るとイーライを職場へと向かい、カナタとリスティーはギルドビルへと歩き出す。
その途中でリスティーが話し掛けてきた。
「ねえ、カナタ君。本当に良かったの?」
「もちろんです。昨日、一人になってからずっと考えていたんですけど、イーライさんの言葉がずっと残っていたんですよ」
「そっか。……なんだか、寂しくなるなー」
「そうですか?」
「そりゃそうよ。私たちはまだ子供とかいなかったから、ずっと二人だったし」
実を言うと、そこもカナタがワーグスタッド騎士爵家に移動する理由の一つになっていた。
「だったら、俺が出て行ってから十分にできますね」
「ん? できるって、何を?」
「何をって……子作り?」
「ぶふっ!?」
驚きの発言を耳にしたリスティーは噴き出してしまった。
「ごほっ! ごほごほっ! ……ちょっと、カナタ君!?」
「大事な事ですよね?」
「そうだけど! そんな事を外で言わないでよね!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。……でも、冗談抜きで俺がいたら無理じゃないですか。だから、なるべく早く出て行った方がいいかなって思ってたんですよ」
「……そ、そんな事を考えていたの?」
恥ずかしそうにしているリスティーを見て、カナタは当然だと言わんばかりに口を開く。
「そりゃそうですよ。赤ちゃんってかわいいですからね」
「……ありがとね」
「それは俺のセリフですよ、リスティーさん」
ニコリと微笑み、その後は何気ない会話をしながら進んでいく。
ギルドビルに到着すると一階で別れてカナタは二階にある商人ギルドの作業部屋へ向かった。
「おはようござい……ま……す……」
「あっ! おはよう、カナタ君!」
ドアを開けて挨拶を口にしたカナタだったが、開かれた先で見てしまった光景に唖然としてしまう。
一方でこの状況の作り出したロールズは普段と変わらない声音で挨拶を返していた。
「……あのー、ロールズさん? これはいったい、何なんですかねー?」
「これ? これは当然、カナタ君が錬金術をするための素材たちよ!」
「……テーブル、五台分?」
「まだあるわよ」
「まだあるんですか!?」
「まずはこれだけね。終わったら休憩を挟んで残りを運び込むから、そのつもりでね」
カナタが目にした光景とは、壁際に並べられた長テーブルの上へ大量に置かれた素材の山だった。
今まで何度も行ってきた鉄や銀鉄だけではなく、昨日初めて手を付けたばかりの精錬鉄までが山のように積み上げられている。
場所によっては長テーブルがきしんでいるようにも見えてしまい、カナタの顔は完全に引きつっていた。
「それじゃあ私は商談が入っているから席を外すわね!」
「うえぇえっ!? ちょっと、ロールズさん!」
「大丈夫よ! カナタ君の魔力を増やすためでもあるんだからね!」
「うっ! ……分かりました、やりますよ!」
「ありがとう、カナタ君!」
両手を顔の前で重ねてそう口にしながらロールズは作業部屋を後にした。
残されたカナタは大量の素材の山を前にして辟易しながらも、黙って見ているだけでは仕事が終わらないと諦めて素材を作業台へと移していく。
「……まずは仕事を片付けてから、リッコに伝えに行くか。でもあいつ、どこで仕事をしてるんだろうな?」
個人的にスレイグに直接伝えに行くのは気が引けてしまう。相手がワーグスタッド騎士爵であるだけでなく、昨日のやり取りからどうしても裏があるのではと思っていたからだ。
「……まあ、仕事が片付けば、なんだけどなぁ」
大きなため息をついたカナタは、気を引き締め直すと黙々と錬金術をこなしていくのだった。
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