第60話:リスティーとの話し合い

 その日の夜、カナタは夕食の席でスレイグとリッコからの提案について相談していた。


「ワーグスタッド騎士爵様もそうだけど、リッコもリッコねぇ」

「似た者親子って事かな」

「あはは。まあ、確かにそうですね」


 呆れ声のリスティーとは異なり、夫であるイーライは柔和な笑みを浮かべている。


「まあでも、僕は騎士爵様の言葉に賛成かな」

「ちょっと、イーライ?」


 メガネを押し上げながらそう口にしたイーライにリスティーが異を唱えようとする。


「あぁ、誤解はしないでくれよ。何もカナタ君を追い出したいってわけじゃないんだ。お金を使って宿屋に泊まるくらいならって事だよ」

「あぁ、そこの事ね。確かに賛成だわ」

「でも、ずっと皆さんのお世話になるわけにはいきませんから」

「だったら、なおさらワーグスタッド騎士爵家の屋敷に泊めてもらった方がいいかもね」


 空になった食器を片付けながらそう口にしたイーライはそのまま続ける。


「はっきり言って、僕たちの家よりもあちらの屋敷の方が遥かに大きい。部屋もたくさん余っているはずだ。確実に、今の君の状況からは良くなるだろうね」


 台所に食器を置いたイーライは、壁際に置かれたソファに目を向ける。

 カナタはリスティー夫妻の家に泊めてもらっているが、部屋を与えられているわけではない。

 ソファに寝転がり、そこで一夜を過ごしているのだ。


「カナタ君が鍛冶師として成功するためには、体のケアも気にしなければと僕は思うな」

「……確かに、そうですね」

「本当は僕たちが用意できればいいんだけど、なにぶん小さな家だからね」

「そんな! お二人には本当にお世話になっています!」

「あはは。その気持ちは嬉しいけど、君はまだ子供だし自分を優先して物事を考えてもいいと思うよ」


 そこまで話し終わると、イーライは洗い物を始めた。

 彼の言う通り、カナタは自分の事よりも周りに迷惑が掛からないようにと考えてきた。

 リスティー夫妻の家に泊まる事に関しては当時の選択肢があまりに少なかったので仕方なかったが、今では話が変わっている。

 当時もワーグスタッド騎士爵家の屋敷に泊まるという話は出ていたが、当時と今では関係性も変わっているので問題はないだろうとカナタは考えている。

 ロールズの家は論外だ。独り暮らしの女性の家に転がり込むのは自分の心が拒否してしまうからだった。


「……宿屋に泊まる選択を絶対否定するわけじゃないけど、自分のためにも考えてみてね」

「……はい。ありがとうございます、リスティーさん、イーライさん」


 カナタのお礼に二人は笑みを浮かべて頷いた。


 そして、二人が寝室へ移ってからカナタは一人でこれからの事を考えていた。

 このまま二人の優しさに甘え続ける事だけは絶対にダメだという事はすでに決まっている。

 将来の事を考えるなら、できるだけ早く出て行った方がいいのだから。


「ワーグスタッド騎士爵家の屋敷かぁ……ありがたい話だけど、今日の反応を見る限り何か裏がありそうなんだよなぁ」


 リスティー夫妻だけではなく、スレイグとリッコにも助けられているので疑っているわけではない。だが、今日の態度を見てしまうと悪い事ではないにしても何かあるのではないかと疑ってしまうのは当然かもしれない。


「……自分を優先して考える、かぁ」


 色々な事が頭の中に浮かんでは消えていく中で、イーライの言葉だけがずっと残っている。

 世話になっている人たちからすれば、15歳のカナタはまだまだ子供なのだろう。


「……まあ、何かあるにしても二人が変な事をするはずもないし、今はまだ甘えてもいいのかもしれないな」


 今はまだカナタという名前で世に出る事すらできない身分である。ならば甘えられるだけ甘えて、いざという時に助けになれればいいのかもしれないと考え直した。


「……まだまだ働いて、恩を返していかないといけないなぁ」


 このままでは受ける恩が溜まる一方だと苦笑しながら、カナタはこれからの身の振り方をある程度固めた。


「ふあぁぁ。……寝るか」


 大きな欠伸が出てきた事で瞼を閉じたカナタは、すっきりした気持ちで眠りにつく事ができたのだった。

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