第59話:とある人物との面談
カナタが錬金術師として活動を初めてから三日目、商人ギルドの作業部屋に一人の人物が姿を見せた。
「あれ? どうしたんですか、ワーグスタッド騎士爵様?」
「やあ。久しぶりだね、カナタ」
すぐに挨拶をしたカナタに軽く手を上げて答えたスレイグ。
しかし、そこから何か用事を口にするのかと思えば何も話さず、ただカナタの作業を眺めているだけ。
気になり過ぎて作業に身が入らないと判断したカナタは意を決して声を掛けた。
「……あ、あの、ワーグスタッド騎士爵様? 何か用事があるのではないですか?」
「ん? いや、たまには息抜きに顔を出そうかと思ってね」
「……息抜きに、顔を出す?」
何を言っているのかと首を傾げると、スレイグも自分の発言がめちゃくちゃだと分かったのかあからさまに咳払いをする。
「ゴホン! ……あー、なんだ、カナタ君」
「カナタ……君?」
突然の君付けに困惑するカナタだったが、スレイグは気にする事なく話を続ける。
「カナタ君はスライナーダに来てからというもの、ずっとリスティーの家で世話になっているようだね?」
「まあ、はい。そうですね」
「それなんだが……どうだろうか、そろそろ私の屋敷に移るというのは?」
「……はい?」
予想外の言葉にカナタは何がなんだか分からなくなっていく。それにもかかわらずスレイグの表情は真剣そのものであり、理解できない自分がいけないのかと思わされるくらいだ。
そんな時である――
――バンッ!
作業部屋のドアが勢いよく開かれた。
ズンズンと足音が聞こえてきそうなくらいに大股で力強い足取りで中に入ってきたのは――リッコである。
「リ、リッコ!?」
「何をしてるんですかね~? こんのバカ親父があっ!!」
「ひいいいいぃぃっ!?」
娘の登場に顔を青ざめているスレイグを見て、カナタは独断だったのかと苦笑い。
それにして、どうしてスレイグが自分を屋敷に泊めたいのか、その理由はさっぱり分からない。
「バカっ! ……お父様、影でこそこそと何をしているんですか?」
「いやいや! わ、私は別に、何もしていないぞ! カナタの錬金鍛冶を見に来ただけだから!」
「え? でも、さっきは屋敷に泊まらないかって言ってましたよね?」
「……ほほ~う? それは本当なのかしら、お~と~う~さ~ま~?」
「カ、カナタ君!?」
口にしてはいけないことを言ってしまったようで、スレイグが慌ててカナタを見る。
しかし、当然ながら時すでに遅く、カナタの言葉はリッコの耳にもしっかりと届いていた。
「……お父様、ちょ~っとこっちに来てくれますか~?」
「……いや、それはだなぁ」
「お~と~う~さ~ま~?」
「は、はい!」
これではどっちが親でどっちが子供なのか分からない。そんな事をカナタが考えていると、二人は部屋を出ていってしまった。
「……い、いったいなんだったんだ?」
何が起きているのか分からず、カナタが錬金術の作業に戻ろうとした時だった。
――ドゴッ!
部屋の外から何やら鈍い音が聞こえてきた。まるで何かが殴られたような、そんな音が。
「……か、考えないでおこうかな」
何も聞かなかった事にしようかと心に言い聞かせていると、ドアがゆっくりと開かれた。
外からは満面の笑みを浮かべたリッコと、体をくの字に曲げたままのスレイグが戻ってきた。
「……何をしてるんですかね?」
「なんでもないわよ! ねえ、お父様!」
「……は、はは、その通りだよ、カナタ」
「いやいや! そんな苦しそうにしててなんでもないわけないでしょうよ!」
何がしたかったのか全く分からないまま、何かが二人の中で解決されてしまった。
カナタとしては巻き込まれた自分の立場は、とツッコミたい気持ちである。
「お父様の事は置いておくとして」
「酷いぞ、リッコ!」
「カナタ君、ここに来てからずっとリスティーさんの家に泊まってるけど大丈夫なの?」
「おぉっ! リッコ!」
「うるさい! バカ親父!」
「……すみません」
親子の掛け合いに苦笑いしかできないカナタだったが、振り返ったリッコの表情が真剣そのものだった事もあり、自分の気持ちを素直に答える事にした。
「……正直、甘えすぎてるかなっては感じてるかな」
「それなら、お父様の言葉を借りるわけじゃないけど、やっぱりうちで世話になったら? スライナーダに誘ったのも私だし、客人として迎えることもできるわよ?」
「しょ、将来の婿候補として――」
「あぁん?」
「……」
この人は何を言っているんだとカナタは呆れてしまうが、無視してしまえばいいかと理解してリッコだけに向き直る。
「その事については、少し考えてる事があるんだ」
「そうなの?」
「あぁ。最近は仕事ばかりでお金もずいぶん貯まってきたし、普通に宿屋を借りてもいいかなって思ってるんだ」
「それってもったいなくない? うちに泊まれば使わなくてもいいお金だよ?」
「そうなんだけどさ。ここまでお膳立てしてもらって、さらに泊まる場所までってなったら、俺はリッコに足を向けて寝られなくなりそうでなぁ」
頭を掻きながらカナタがそう伝えると、リッコは苦笑しながら口を開いた。
「もう! そんな事は気にしなくていいのよ! 出るつもりだったならうちに来なさい、いいわね!」
「……ずいぶんと無理やりだなぁ」
「私はカナタ君の将来を思って言ってるのよ! お金は貯められる時に貯めておく、これ本当に大事だからね!」
人差し指でビシッと指されてしまい、カナタはどうしたものかと思案する。
「……まあ、考えとくよ」
「よろしい~。それじゃあ私たちは行くわね!」
「あ、あの、リッコ? 私はまだカナタ君に話が――」
「仕事、頑張ってね!」
「ああぁぁぁぁ……」
嵐のようにやって来たワーグスタッド騎士爵家の方々は、帰りも嵐のように去っていった。
「……マジで、なんだったんだ?」
困惑から脱出できないでいるカナタだったが、二人が自分のためを思ってくれている事はひしひしと伝わっていたので、一先ずは胸の中に閉まっておく事にしたのだった。
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