第58話:新たな第一歩
カナタはいつも通りに鍛冶こなしていたのだが、今日は普段と異なる点が一つある。
ロールズの指示もあり、今日から錬金術にも手を出す事になったのだ。
鍛冶や休憩の合間、休みの日にも少しずつ勉強していた錬金術だが、仕事として取り組むのは今日が初めてだった。
「……緊張しますね」
「大丈夫よ! 初めての錬金術は成功したし、もし失敗してもカナタ君に金銭的負担は一切ないからね!」
「……いや、そっちの方が失敗し難いんですけど?」
自分のお金で買った素材を使う方が気が楽だとカナタは口にする。
「なーに言ってるのよ! ロールズさんが大丈夫って言ってるんだからカナタ君は気にしない!」
「それをリッコが言うべきじゃないと思うんだけどね! ってかなんでいるの? 仕事はどうしたんだ?」
スライナーダ出身であり領主の娘でもあるリッコは、戻ってきてからというもの冒険者としての活動を休みにして領地のために動き回っている。
主にロールズ商会の仕事を手伝っているのだが、これも領地発展のためだからと領主であるスレイグが許可を出していた。
「今日はお休みよー」
「だったら家で休んでたら? 休みの日までギルドビルに来るとか、大変じゃないか?」
「家にいても暇なんだもーん」
「なら、冒険者活動は?」
「え? 私、お休みなんだけど?」
「……そっか、うん。もういいや」
せっかくの休みの日にやる事が自分の錬金術を見ることなのかとカナタは呆れ顔を浮かべたが、これも人それぞれかと思う事にした。
何故なら、カナタには集中しなければならない事が目の前にあるからだ。
「それじゃあ、お願いしてもいいかしら?」
「分かりました。……でも、この素材ってなんですか? 見た事がないんですけど?」
目の前の作業台には光沢を放つ金属が含まれた土の塊が置かれている。
何度も触れてきた鉄でもなければ銀鉄でもない、見た事のない輝きを放つ金属だ。
「まあまあ、試しにやってみてよ! インゴットにしてみてね!」
「……嫌な予感がするんですけど?」
「大丈夫よ! 私を信じなさい!」
大きな胸を張りながらそう口にしたロールズを見て、カナタは目のやり場に困ってしまう。
「……ちょっと、カナタ君? どこを見てるの?」
「な、なんでもないから! とりあえず、やってみるかな!」
リッコからジト目を向けられてしまい、カナタは慌てて視線を土の塊に向ける。
大きく深呼吸を繰り返したカナタは、最初の錬金術を思い出しながら作業台に両手を置く。
「イメージ……イメージするんだ……」
鍛冶の時もそうだったが、錬金術にもイメージが大事だとカナタは考えている。
大声で怒鳴られた拍子に成功した最初の錬金術だったが、それなりに情報を得る事はできており、今回はその答え合わせだと思っていた。
だが、カナタがどれだけイメージを膨らませようとも土の塊に変化は訪れなかった。
「……失敗、ですね」
作業台から手を離してそう口にしたカナタだったが、そこで止まるような事はしない。
「最初の錬金術と何が違うのかしら?」
「まず思い付いたのは、俺がこの金属の正体を知らないって事ですね」
「素材の事を知っていないとダメって事かしら?」
リッコの言葉が呼び水となり、三人で意見を出し合っていく。
鍛冶だけではなく錬金術もできると判明した錬金鍛冶の力だが、いまだに分からない事は多い。
躓く事は想定内であり、そこからの検証こそが大事だと三人は理解していた。
「それじゃあロールズさん、金属の正体を教えてもらってもいいですか?」
「もちろんよ。この金属は精錬鉄と言って、銀鉄よりも硬度の高い素材です」
「これが精錬鉄なんですね」
ブレイド伯爵家にいた頃にも見た事がなかった金属にカナタは少しだけ興奮していた。
精錬鉄は硬度が高い分、錬金術でも鍛冶でも扱いが銀鉄よりも難しくなっている。
扱うには当然ながらそれなりの腕が必要となり、ブレイド伯爵家では扱える者がいなかったために取り寄せてこなかったのだ。
「ブレイド伯爵家にいて見た事がなかったのねー」
「あはは……まあ、当主の腕も凡庸でしたからね」
「カナタ君。本当にロールズ商会に来てくれてありがとうね!」
何やら可哀想な者を見る目を向けられてしまい居心地が悪くなってしまったカナタは、新たな検証を行うために気持ちを引き締めていく。
「それじゃあ、これが精錬鉄だと知った上でもう一度錬金術を試してみます」
再び深呼吸を始めたカナタが作業台に手を置くと、今度は最初の時と同じような光を放ち出した。
精錬鉄に付着していた土が砂が取り除かれていくと、作業台には細かな精錬鉄だけが残される。
そして、次の瞬間にはさらなる光を放ちリッコとロールズは瞼を閉じてしまうが、カナタだけは目を見開いて精錬鉄の変化をその目に焼き付けていた。
「……精錬鉄が、結合していく」
バラバラだった精錬鉄が結合して一つになり、最終的にはイメージ通りのインゴットに変化していた。
瞼を開けた二人が出来上がったインゴットを見つけると、その視線はカナタへ向けられる。
「……やっぱり規格外の力よねぇ」
「よっしゃー! これでロールズ商会はさらに大きくなれるわよー!」
「俺への労いの言葉はないのかよ!」
こうしてカナタは、錬金術師フロックとしての一歩を踏み出したのだった。
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