第二章:カナタの道
第57話:プロローグ
「――……つ、疲れたぁぁぁぁ」
作業台に突っ伏しながらそう口にしたカナタは大きく息を吐き出す。
横には錬金術で作り出したインゴットが山のように積み重なっており、そこには鉄だけではなく
これだけの数のインゴット、さらに言えば熟練の錬金術師でないと携われないとされている精錬鉄の山まで作られているとなると、その疲労度は相当なものだろう。
――ドン!
すると、インゴットの山とは逆側に何かが音を立てて置かれると、そちらへ振り返りながらカナタが嫌そうな顔をしながら口を開いた。
「……休ませてもらえませんか、ロールズさん?」
「今が稼ぎ時なのよ! 今だけ苦労すれば後が楽になるの!」
「それを言い始めてからもう一ヶ月も経ってますけどねぇ!」
「もうじゃない! まだよ!」
「…………えぇぇ~?」
まさかの『まだ』宣言になんとか上げていた顔を再び脱力させて突っ伏してしまう。
何故ならロールズが持ってきたものはさらなる錬金術用の素材だったからだ。
「今日はこれまでよ! そしたら終わり!」
「……明日は?」
「明日は今日と同じかこれ以上ね!」
「…………はああぁぁぁぁ~」
ニコリと笑いながらそう言われてしまい、カナタはロールズ商会と契約したのが正解だったのかと考えさせられてしまう。
とはいえ、契約する以外に選択肢がなかったのも確かなので文句を言えるはずもない。
それにロールズには大きな恩があるのだ、それを返すまでは力を尽くすと決めている。
「それじゃあ私は行くわね! よーし、ガンガン働くわよー!」
そう言い残したロールズは早足で作業部屋を出ていった。
その背中を見送ったカナタは体を起こすと表情を真剣なものに変える。
それは作業を再開する――からではない。今日に至るまでに起きた事を振り返りながらこれからの事を考えていたからだ。
「……そろそろ、ロールズさんにも伝えないとヤバいよなぁ」
実を言うとカナタはロールズ商会を、スライナーダを、ワーグスタッド領を出ていくかもしれない。先日出会った彼らと話し合い、そうしなければならないのだと自分の中で結論付けていたからだ。
その事をロールズにもリッコにも伝えていない。自分の中だけに止めている。
「……まあ、今は目の前の作業に没頭するだけかなぁ」
現実逃避のように見えなくもないが、カナタは積み上げられた新しい素材に目を向けた。
「よーし、続きをやりますか!」
気合いを入れ直して腕捲りをすると、カナタは錬金鍛冶の作業に入っていく。
どれくらいの数をこなせるかは分からないが、少なくとも今日のノルマは終わらせようと決めたからだ。
そこからは作業に没頭するだけになり、時間だけが刻一刻と過ぎていく。
全ての錬金術が終わった時には太陽は完全に姿を隠し、月が顔を覗かせていた。
「……今日も、魔力枯渇だなぁ」
そう口にしているが、魔力枯渇を繰り返す事で魔力総量が増えている実感は得ている。鍛冶や錬金術で作れる作品が日に日に増えているからだ。
ロールズが持ってくる素材がだんだんと増えているのもカナタのためを思ってなのも知っているので、軽口は言うがやらないという選択肢はどこにもなかった。
「うぅ~ん……帰るか」
一度大きく伸びをしたカナタは作業部屋を出ると、そのままギルドビルを後にする。
向かう先は世話になっているワーグスタッド騎士爵の館だ。
当初は職人ギルドのギルドマスターであるリスティーの家に泊まっていたのだが、スレイグがどうしてもと駄々をこねた結果こうなった。
「あー、スレイグさんにも言わなきゃだなぁ。こっちは大丈夫そうだけど、リッコがなぁ」
頭を掻き誰にどのように伝えるべきかを考えながら歩いていく。
ワーグスタッド騎士爵の館が近づくたびに大きくなり、考えがまとまる事のないまま門の前まで来てしまった。
「……仕方がない、今日のうちに伝えておくか」
この後カナタはちょっとした騒動に巻き込まれることになるのだが、その中心にいたのは――リッコだった。
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