第56話:エピローグ

 ――バルダの一件から一五日が経過した。

 この頃になるとロールズ商会の包丁はワーグスタッド騎士爵領全土に広まっており、商会の名前も徐々にではあるが広がっている。

 そして、変化の中心にいるカナタの生活も大きく変わっていた。


「ちょっと、ロールズさん! さすがに依頼を受け過ぎですってば!」

「しょうがないじゃないのよ! 他領からも依頼が来てるんだから! 今が稼ぎ時なのよ!」


 ロールズ商会の包丁の噂を聞き付けた他領の商人が足を運び、その出来の良さに感銘を受けて大量の仕入れ依頼が舞い込んできたのだ。

 この状況はしばらく続くだろうとロールズは口にしており、稼ぎ時だと鼻息を荒くしていた。

 加えて言えば、カナタが作った武器も忙しさに拍車をかけている。


「あの後、真っ当な冒険者に戻った四人が活躍しているとはねぇ」

「それもこれも、カナタ君が作った武器のおかげでしょう?」

「それを口に出して欲しくはなかったんですけどねぇ」

「バントとして名前が広まっているんだから構わないでしょう?」


 四人と言うのは、バルダの一件でこちら側に寝返ってくれた冒険者の事だった。

 寝返る代わりに武器を作るとリッコが約束した事もあり、カナタは彼らに武器を作ってあげた。

 剣、大剣、槍、斧。それぞれが好む武器を作っている。

 そのどれもが一等級品であり、全員が感謝の言葉を口にしながらロールズ商会の名前を口にして回ると約束していたのだ。

 現状、武器にまで手は回っていないのだがロールズの戦略により七日に一本程度の剣を作っていた。


「はあ? ……すみません、もう一度聞いていいですか?」

「だから! 100000ゼンスよ! 100000ゼンス!」

「……じゅ、100000ゼンス?」

「手数料を引いても90000ゼンス! これなら仲介役のロールズ商会も大儲けだわ!」

「あ、あんなのでよかったのかな?」


 最初はワーグスタッド騎士爵領の冒険者ギルドでギルドオークションにかけていた剣だが、名前が売れるにつれてロールズ商会の剣というだけで高額の値が付き始め、つい先日には王都アルフォニアのギルドオークションに出品する事となったのだ。

 素材代に10000ゼンスしか掛かっていない事を考えると、80000ゼンスの儲けは相当な金額である。


「……まあ、俺は今まで通りに鍛錬を続けるだけか。でも、錬金鍛冶師ねぇ……本当に、何なんだろうなぁ」


 いまだに考えてしまう錬金鍛冶の力だが、少しずつ自分の力の事を理解できるようになってきている。

 まずは錬金術に関してだ。

 フロックというのは、カナタの錬金術師としての名前である。

 錬金術師のフロック、鍛冶師のバント。この二つの名前はどちらもカナタの事を指している。

 錬金術を用いた商材には全く手を出していないものの、ロールズの未来予想図にはそちらも含まれているはずだ。

 カナタとしては錬金術にも手を出したい気持ちはあるが、現状では手一杯という状態だった。


「……はぁ、疲れた。でもまあ、俺にとっては仕事をできてるだけでもありがたいって思わないとな」


 ブレイド伯爵領を追放され、魔獣に喰い殺されていてもおかしくない状況にも陥っていた。

 それがどうだ。今では勢いのある新興商会と専売契約をして多くの商品を作り出す一職人として日々を過ごしている。

 まだカナタという名前を世に出す心構えはできていないが、いつかはカナタという職人として日々を過ごしたいと思えるようになっていた。


「……まだまだ頑張らないとな。リッコのために、ロールズ商会のために、ワーグスタッド騎士爵領のために……そして、俺のために!」


 未来が見えた。自分なりの未来予想図を描き、力を知るごとに書き換えていく。

 それがどれほど贅沢な事なのかをカナタは理解していた。

 だからこそ、錬金鍛冶という力に溺れる事なく鍛錬を欠かさない。誰かのために力を使う事ができる。

 その結末がワーグスタッド騎士爵家を巻き込み、さらには自らを追い出した伯爵家を、そして王族すらも巻き込み波乱を巻き起こす事になるとは予想もしていなかったのだった。


 第一章 完

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