第54話:一方その頃……④
ライルグッドとアルフォンスがカナタの捜索を行う中、ブレイド伯爵の館にはヤールスの所業を断罪するために陛下であるライアンの使者が訪れていた。
「――ヤールスですか?」
「はい。どちらにおられますかな?」
館には現在ラミアとユセフしかいない。ヤールスは牢に入れられているからだ。
「実は、殿下の言いつけを守らずに都市を飛び出そうとしていたもので、今は牢に入れております」
「牢に? であれば、衛兵の詰め所ですか。案内してもらってもよろしいですかな?」
「もちろんでございます!」
長い黒髪を後ろで纏めた眼鏡の使者と共に衛兵詰め所へ向かいながら、ラミアは使者に問い掛ける。
「……あの、使者様? 今回の件、全てヤールスが独断で行った事です。私たちはヤールスを当主の座から追放する覚悟はできております。ですので、次期当主には長男のユセフを――」
「沙汰はブレイド伯爵にお伝えします。奥方様にも聞いてもらいますので、その際に」
「……え、えぇ、分かりましたわ。おほほほほ」
きっと大丈夫、そう思いながらラミアは衛兵詰め所に到着した。
「ラミア様? それと……おぉ、王国の家紋が!」
「ブレイド伯爵は牢の中ですか?」
「は、はい! 面会室へお連れしますので、使者様はこちらでお待ちください!」
衛兵は早足で牢の方へ向かうと、別の衛兵がラミアと使者を面会室へ案内する。
しばらくして手枷を嵌められたヤールスが衛兵と共に姿を現した。
「……あなたが使者様ですか?」
「はい。陛下からの沙汰をお伝えいたします。奥方様もよろしいですか?」
「えぇ、ええ! 構いませんわ!」
下卑た笑みを浮かべているラミアをヤールスは悔しそうに睨みつける。
そんな中で使者は冷静な態度で懐から書状を取り出すと抑揚のない声で読み上げていく。
「ブレイド伯爵家当主、ヤールス・ブレイドを鉱山送りとし、永久労働を科す」
「な、なんだと! この私を、ヤールス・ブレイド伯爵を鉱山送りだと!」
「いい気味ですね。あなたが行ってきた独り善がりな統治が返ってきたのね!」
「ならびに、ブレイド伯爵家は爵位を剥奪とし、その家族は平民となり王国のために働く事とする」
「これからは私とユセフがブレイド伯爵領を盛り立てて……え?」
下卑た笑みを浮かべていたラミアは目を見開き、徐々に顔を青ざめて視線を使者へと移していく。
そして、使者の言葉が理解できないと言わんばかりにわなわなと震え出した。
「なお、ブレイド伯爵領の領地は五つに分けられて中央に新たな領主、そして北、南、東、西の地は面している各領地へ分配されます」
「お、お待ちください! ……な、何かの間違いですよね? わ、私が、平民になるですって?」
「間違いではございません。こちらは陛下が下された沙汰であり、王家の紋章が刻まれた封蝋もございます」
使者は王命を淡々と口にしていく。
その様子もラミアの苛立ちを助長しているのか、顔を真っ赤にして目の前の机に拳を叩きつけた。
「……ふ、ふざけるんじゃないわよ! これからは私とユセフがブレイド伯爵領を盛り立てるの……支配するのよ! 平民ですって? ふざけないで!」
「陛下の決定に異を唱えるとでも?」
「当然だわ! 私が平民だなんてあり得ない! 私はこの地で民を従え、その恩恵を得て暮らしていくのよ!」
目を血走らせて使者を睨みつける。
その態度もそうだが、ラミアは絶対に口にしてはいけない言葉を発していた。
その事をはっきりと耳にしていた使者は、小さくため息をついて立ち上がる。
「……であれば、あなたにも不敬罪として鉱山送りに変更となります」
「はあっ!? あんた、何を言っているのよ!」
「これも決定事項です。ヤールス以外で陛下の決定に異を唱える者がいれば、鉱山送りに変更せよと」
「……ふざけんじゃないわ――」
「捕らえろ」
「ぎゃあっ!」
使者がため息交じりに呟くと、衛兵を含めて四人しかいないはずの面会室の中にもう一人、黒づくめの人物が突如現れてラミアの腕を後ろ手に掴み顔を机に叩きつけた。
目の前でラミアの顔が机に叩きつけられると、ヤールスは驚きながらも不思議と満足感を得ていた。
「……いかがなさいますか?」
「先ほど伝えただろう? この女も鉱山送りだ。衛兵、二人を牢に入れておけ」
「か、かしこまりました!」
「それと、牢に入れたら急いで外にきてもらえますか?」
「はっ!」
衛兵が仲間を呼んで二人を牢へ連れて行くと、駆け足で外に出る。
そこには他の衛兵も集まっており、使者は衛兵たちの前で口を開いた。
「まずはこの領地、この都市を守る皆様に挨拶を申し上げます。私は仮の領主を務める事になります、ヴィンセント・フリックス準男爵です。ブレイド伯爵は爵位剥奪、領地は縮小されて面する領地へ分配される事になりました」
衛兵たちはざわつくが、ヴィンセントは気にする事なく言葉を続けた。
「正しくこの地を治めるべき者が見つかるまで、私が皆様を守り、導いていきます。ですが、私だけの力では何も成す事ができません。ですので、力をお貸しください! よろしくお願いします!」
準男爵とはいえ、貴族が頭を下げる事はそうそうない。
そんなヴィンセントの姿に衛兵たちは驚き、そしてこの地で生きていく未来に希望が見えた。
「詳しい内容はまた後日、日を改めてお伝えいたします。では、私はブレイド家の子供たちにも沙汰を伝えに行きたいと思いますので、こちらの事はお任せいたします」
再び頭を下げたヴィンセントは、最初に声を掛けた衛兵を伴いブレイド家の館へ向かった。
――結果として、反抗したのはユセフのみで鉱山送り。次男以下三人は平民になる事をあっさりと認めたのだった。
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