第52話:後日談
バルダが捕らえられた後、彼女の悪行はあっという間にスライナーダ中に広まった。
鍛冶師を囲っていた事、質に見合わない高額で販売されていた刃物類、そして新たな商会を次々に潰していた罪の数々。
商人ギルドもバルダが中心にいる事は把握していたものの、なかなか尻尾を出してくれなかった。その全てを隠蔽していたのが執事だった。
しかし、今回は新興商会のロールズがそこまで脅威に映らなかった事もあり全ての対応が後手に回ってしまったのだ。
ならば何故ロールズが脅威に映らなかったのだろう。
その理由は、元々のロールズがコツコツと成果を上げるタイプの人間であり、包丁のような勝機を手にする商品を持っていなかった事にある。
執事が警戒を緩めたタイミングでリッコとカナタがスライナーダを訪れ、リスティーがやる気を出しているロールズに声を掛けた。
ここでようやくロールズに包丁と言う武器が舞い込んできたわけだ。
「……もしかして、その事実を知らなかったのって、俺だけ?」
「「「「ごめんなさい」」」」
「マジで全員知ってたのかよ!」
リッコ、ロールズ、リスティー、そしてスレイグが全く同じタイミングで謝罪を口にした。
鍛冶師として一番の当事者と言えるだろうカナタだけが知らなかったと分かり、大きく肩を落とす。
「俺って、そんなに信用ないかね? まあ、よそ者だから仕方ないけどさ? すこーしくらいは信用してくれてもいいんじゃないかな?」
「わ、私たちは、カナタ君に錬金鍛冶に集中してもらいたかっただけなのよ?」
「そ、そうよ! 包丁がないと販売もできなかったからね!」
「ロールズを紹介した時は私も知らなかったのよ? だから、私は悪くないわ!」
「すまんな、カナタ。結果はどうあれ、利用する形になってしまった」
最後にスレイグが改めて謝ってくれたが、全てが自分のためだと理解もしているのでカナタがこれ以上いじける事はなかった。
「……いえ、これが最善だったのなら仕方ありません」
「……理解してくれて、助かる」
お互いに苦笑を浮かべていると、リッコが一つ咳ばらいを入れてバルダの沙汰について説明された。
「ゴホン! ……それとね、カナタ君。バルダなんだけど、色々と悪事が出てきた結果、鉱山送りで永久労働させられる事になったわ」
「鉱山で永久労働か。……まあ、あの体格だし?」
「あはは! 確かにそうね。それと、執事の方も色々と裏で隠蔽をしていた事から同様の沙汰になったわ」
大本の二人は鉱山送りとなり、それに従っていた冒険者に関してはランク降格や資格剥奪といった沙汰が出されていた。
罪の強弱に関しては、過去の罪が反映されている。
「つまり、過去にも罪を犯していた素行の悪い冒険者が従っていたって事ですか」
「そういう輩じゃないと、バルダに付こうだなんて思わないわよね」
「ん? って事は、寝返った人たちも過去に罪を犯しているんですか?」
武器を作らなければならない事もあり、カナタはその点が気になってしまった。
だが、寝返った者に関しては過去の罪は一切なかった。
「彼らは単にお金に苦しかっただけのようだ。冒険者としてもなかなか大成できず、やむを得ずって感じだったみたいだね」
「悪い事をしている自覚はあったみたいだから、私が声を掛けたらすぐに寝返ってくれたわね」
「まあ、こっちにはワーグスタッド騎士爵様もいて、武器も作ってもらえるって分かればどっちに付くかは明らかですよね」
考える時間も必要ないくらいの二択である。
「だが、バルダ商会が無くなった事で一つだけ困った事がある」
「困った事ですか?」
そこでスレイグが曇った表情に変わり、芝居がかった感じで口を開いた。
「包丁はロールズ商会のおかげでスライナーダ中に広がってくれたが、冒険者が使う武器や防具、その他にも細々とした鉄製品が回らなくなってしまったのだよ」
「いやー、それは困りましたね、ワーグスタッド騎士爵様ー! いくらロールズ商会でも、そこまで手を広げる事は現状難しいかもしれませんよー!」
「誰か、大量に商品を作れる鍛冶師はいないかしらー。そんな錬金鍛冶師はいないかしらー!」
「……え? わ、私もやるの? い、いやー! えっと……私はー、フライパンが欲しいなー!」
「「「……フライパン?」」」
「か、勝手に巻き込まないでよね!」
スレイグ、ロールズ、リッコが横目でカナタを見ながらそう口にし、リスティーが乗ってきたが三人からは疑問の声が漏れる。
恥ずかしそうにしているリスティーに苦笑しながらも、カナタはだったらと手を上げた。
「そんな芝居がかった事をしなくても、やりますよ」
「おぉっ! 本当かい、カナタ!」
「はい。まあ、できる保証はありませんけどね。イジーガ村でもカマとかクワを頼むと言われていましたし、やってみます」
「さすがはカナタ君ね! それじゃあ、その辺りもロールズ商会が受け持ちます!」
「お父様。他にもバルダ商会が無くなって困っている商材はありますか?」
「いいや、今のところは大丈夫だ。幸いにも、食料品には手を出していなかったからな」
「はぁー。これで本当に一段落なのね。私、職人ギルドの人間なのに、完全に巻き込まれだわ」
「「カナタ君を奪ったからですよ!」」
「うばっ!? そんな事してないわよ!」
女性陣が何やら言い合いを始めたところで、スレイグは真剣な表情でカナタに声を掛けた。
「カナタよ。今回の件では本当に助かった、ありがとう」
「そんな! 俺にとっても必要な事でしたし、頭を下げられるような事じゃないですから」
「……全く。君は本当に欲のない人間だなぁ」
「欲ですか。……まあ、クソ親父を見てきたからか、欲に溺れないようにはしてるかもしれませんね」
今頃はどうしているのか、忙しすぎてブレイド伯爵家の事を考えている時間など全くなかった。
だが、それだけカナタにとってこの場所が大事になっているという事でもあるだろう。
「……これからもよろしくお願いします、ワーグスタッド騎士爵様」
「もちろんだとも。それと、私の事をお父様と呼んでも――」
「このバカ親父が!」
「ぐふぉ!?」
「ワ、ワーグスタッド騎士爵様!?」
突然のボディへの一撃にスレイグはくの字になりながら床に転がってしまった。
慌てるカナタだったが、リッコが鬼のような形相でスレイグを見下ろしていたので後退る。
そして、カナタだけではなくロールズとリスティーも一緒にそのままスレイグの部屋を飛び出してしまった。
「お、おい、カナタよ!」
「おーとーうーさーまー? ちょーっとこっちでお話ししましょうかー?」
「……はい。そうですね、うん、話し合おうか、我が娘よ」
こうして、スライナーダでのちょっとした騒動は幕を下ろしたのだった。
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