第51話:暴君?バルダ
カナタとロールズが屋台の方へ歩いていると、先の方に人だかりができている事に気づいた。
また客が集まっているのかと最初は思ったのだが、近づくにつれて怒声を響かせている者がいると気づき、二人は一度顔を見合わせるとすぐに駆け出した。
「――あんたら! 邪魔をするんじゃないよ!」
「――申し訳ないが、あなたの言う事はもう聞けない!」
「――何ならあんたらも一緒にぶっ壊してやってもいいんだよ!」
「――やれるものならやってみるがいい。だが、最後まで足掻かせてもらうぞ!」
一方の声は一番最初に寝返ってくれた男性のものだ。
そしてもう一方の声は、聞きたくもない女性のものだった。
「何事ですか!」
「この、女狐! よくものこのこと足を運べたものだね!」
ロールズの登場に男性はホッと息を吐き、バルダはさらに怒声を響かせた。
「のこのこと言われましても、ここは私が借り受けている屋台ですから」
「はん! そんな事はどうでもいいんだよ! あたいの縄張りを荒らしておいて、ここで生活できると思わない事だね!」
「私はこの場から一歩も動いていませんが? バルダ様が主に販売へ力を入れているのは北、南、東の三地区ですよね?」
「うるさい! そこから客を奪ったのは女狐だろう!」
顔を真っ赤にして怒りを露わにしているバルダだったが、ロールズは何気ない表情で正論をぶつけていく。
「客を奪うとは異な事ですね。別に私から訴えかけたわけではありません。お客様が購入する場所を選んでいるだけですよ? お客様を支配できるわけもないですし、私は何も怒鳴られるような事はしておりませんが?」
「何をいけしゃあしゃあと! それとねぇ――バント!」
「……」
「あんただよ、ガキ!」
「ん? あぁ、俺か」
バントと呼ばれ慣れていないため反応が遅れてしまったカナタが顔を上げる。
「あんたはあたいのところに来なさい!」
「引き抜きですか? バントは商人ギルドを介して正式にロールズ商会が専売契約を交わしています。それを引き抜くなど、できると思っているのですか?」
「当然さね! あんたたち、やっちまいな!」
バルダが合図を送ると、その後ろに控えていたガラの悪い面々が前に出てくる。その数は五人。
全員が武器を手にしており、争う気満々である。
「このような公衆の面前で暴力行為とは、バルダ商会の名が地に落ちますよ?」
「はん! ここはあたいの縄張りなのさ! それにねぇ、刃物類を独占しているあたいよりも稼ごうだなんて、その時点で女狐を処断する権利を得ているのさ!」
「……なんて意味の分からない事を」
ロールズは知っている。
縄張りにしても、刃物類の独占にしても、これは全てバルダが口にしているだけで誰かが公言したものではない。
当然ギルドも認めてはいないし、ワーグスタッド騎士爵であるスレイグも同様だ。
バルダはただ、長い間自分が一番であり逆らう者がいなかった事で完全に勘違いしているだけに過ぎなかった。
「――これはどういう事だ!」
そこへ姿を現したのは、護衛を引き連れたスレイグとリッコだった。
ロールズは表情を変える事なく二人の姿を見つめていたが、何故かバルダは下卑た笑みを浮かべている。
その後ろにいる執事が顔をしかめている事に気づきもせず。
「おぉっ! ワーグスタッド騎士爵じゃないかい!」
「あなたはバルダ商会の商会長殿ですね。この騒ぎは何なのですか?」
「聞いておくれよ! この女狐、あたいが独占している刃物類の販売で勝手に儲けを出してるんだよ! あたいの縄張りも荒らしてくれて、ほとほと迷惑しているのさ!」
「……独占?」
眉根を寄せてそう呟いたが、バルダは気にする事なくさらに言葉を続ける。
「そうさ! あたいが鍛冶師を囲っているんだ、当然だろう? そんな事よりも早くこいつらを捕らえなよ! ほら、早く!」
大きく息を吐き出したスレイグは右手を上げて軽く振り下ろす。
すると、後方に控えていた護衛が前に出てきて――当然ながらバルダの両腕を捕まえて後ろ手にした。
「あ、あんたら、何を勘違いしているんだい! あたいじゃない、そこの女狐だよ!」
「何を勘違いしているのかな、バルダ殿? この騒動はあなたが引き起こしたものでしょう!」
「う、うるさいね! あたいは自分の縄張りを守るために――」
「その縄張りも意味が分からん。そもそも、あなたは刃物類の独占販売権など持っていないし、縄張りなどあるはずもない」
「……はあ? ワーグスタッド騎士爵、ボケたのかい?」
「……私に対してボケたと申すか? 貴様、侮辱するのも大概にしておけよ! 連れて行け!」
「ぐぎゃ! い、痛いじゃないか! あんたら、見てないであたいを助けろ!」
雇ってくれているバルダが捕らえられて助けを求めている。しかし相手は貴族であるワーグスタッド騎士爵だ。
どうするべきかと悩んでいると、その隙を突いて残りの護衛があっさりと取り押さえてしまった。
「では、ロールズ殿。我々は失礼するよ」
「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした、ワーグスタッド騎士爵様」
「何を言うか。これからのご活躍、期待しておりますよ」
去り際、スレイグはカナタにも視線を向けて片目を閉じると、そのままバルダとその一味を連れて立ち去ってしまった。
「……あれ? もしかして、終わりですか?」
「そういう事ね。さーて、それじゃあ気兼ねなく販売を始めましょうか!」
どこまでが計算でどこからが偶然なのか、カナタには理解できないまま包丁の販売を始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます