第50話:怪しい動き
ロールズ商会が販売を始めてから三日目。
二日目も大盛況で西地区だけではなく、北と南の地区からも客が押し寄せてきた。
疲れた体に鞭を売って包丁をさらに複製していたのが功を奏し、三日目も何とか客を捌く事ができている。
しかし、喜んでばかりもいられない状況が見え隠れしていた。
「……リッコ様」
「……えぇ」
「ん? どうしたんですか?」
何やら耳打ちをしている二人に対してカナタが問い掛ける。
「「ううん、なんでもないわ」」
「……?」
だが、二人はなんでもないと口にするだけで内容までは教えてくれなかった。
カナタは気づいていないが、ロールズ商会の屋台を遠目から見張っている人物がいる。その事にロールズとリッコは気づいていたのだ。
「ごめん、カナタ君! 私ちょーっと外すわね!」
「えぇっ! ちょっと、リッコ!」
「いいですよ! お願いしますね!」
「はいはーい!」
「いいんですか、ロールズさん!」
まさか許可されると思っておらずカナタは驚きの声を漏らしたが、ロールズは笑顔で頷くだけだ。
商会長が許可を出したのだから自分がどうこう言うべきではないと思い、カナタはため息をつきながら忙しい屋台を切り盛りしていく。
しばらくして――戻ってきたリッコの隣にはガタイの良い人物が並んでいた。
「おかえり……って、誰?」
「お手伝いさんよ!」
「お手伝いって……え、大丈夫なの?」
冒険者の風貌をしている男性を見て、カナタは計算ができるようには見えなかった。
ならばリッコが行っているように人を整列させる役目をするのかと思えば、客の中には男性を見て明らかに引いている者もいる。
これでは逆に客が離れていってしまうのではないかと不安になってしまったのだ。
「彼は護衛よ、ごーえーい!」
「護衛?」
「そうそう。だから気にしないで!」
「……ロールズさん、もしかして?」
「可能性の話よ。それと、もしかすると似たような人がまだ増えるかもしれないけど、気にしないでね?」
「増えるって……まあ、事情が事情ですから仕方ないですけど」
話の流れからカナタにもバルダが何かしら仕掛けてくる可能性があると理解できた。
ただし、すでに仕掛けられているとは知る由もない。
そして、リッコが連れてきた男性が先ほど屋台を見張っていた人物である事も気づいていなかった。
「あっ! お客さんが来たんで俺は行きますね!」
「はいはーい!」
カナタが離れていくと、リッコは真顔になって隣に立つ男性に声を掛けた。
「……というわけで、しっかりと守るのよ?」
「……わ、分かった」
「あなたはバルダを裏切り、こちらに寝返った。ここからまたバルダ側に戻れるとは思わない事よ?」
「……あぁ」
リッコは屋台を離れた後、そのまま見張りをしていた男性に声を掛けていた。
バルダが差し向けた刺客だろうと口にし、そのままこちら側へ引き抜いたのだ。
もちろん条件も提示している。その役目を果たしたのが――リッコがカナタからお礼として貰っていたナイフだった。
リッコは寝返る交換条件として、カナタが作る武器を格安で提供すると伝えたのだ。
その事をカナタはもちろん知らないが、ロールズは知っている。むしろ、寝返るならばそのように伝えていいとロールズから条件を提案していた。
「……本当に、武器を作ってもらえるんだろうな?」
「もちろんよ。ロールズさんから許可は得ているしね」
「……鍛冶師のバントには?」
「あの子はまだ知らないけど、バント君なら断らないわよ」
「……分かった。俺はお前たちに付こう」
そして、男性は屋台の裏からカナタとロールズを護衛する事になった。
もちろん、バルダの手の者が男性一人のわけはない。
男性が寝返った事はすぐにバルダに伝えられたのだが、おかしな事にバルダ側だった者が次々とロールズ側に寝返っていった。
この事実を知ったバルダは当然ながら怒りを露わにし、どうして寝返っていくのかを理解できずにさらに荒れていった。
そんな感じで販売開始から五日が経過した時、カナタにも事実が伝えられた。
「えぇっ!? ……そ、そんな事になっていたなんて」
「本当はもっと早く伝えようと思っていたんだけど、心配し過ぎて複製に影響が出ちゃいけないと思ってねー。ごめんなさい!」
「いえ、ロールズさんが謝る必要はありませんけど……そうですか、武器ですか」
寝返った者たちがバルダ側だった事、そして寝返る交換条件として武器を作る事も初めて耳にした。
カナタとしては断る理由などないのだが、それが四人分ともなれば包丁の複製に掛ける魔力が少なくなり数の確保ができなくなる可能性が出てきてしまう。
その点はロールズも理解していたのだが、それ以上に命を守る事が大事だと口にした。
「最悪の場合、入荷に時間が掛かるって言ってもいいのよ。それよりも襲われない事の方が大事だからね」
「……分かりました。でも、ここで販売を途切れされるのはもったいないから、一日一人分の武器で、武器以外は包丁の複製に魔力を使いたいと思います。それで彼らに伝えてもらっても大丈夫ですか?」
「私はいいけど……リッコ様、どうですか?」
カナタはロールズに確認を取り、ロールズはリッコに確認を取る。
実際に寝返った者たちと連絡を取り合っているのはリッコなのでロールズも確認を取ったのだ。
「大丈夫よ。一応、寝返った順で作ってくれると助かるかな」
「分かった、そうするよ。……なあ、リッコ。彼らは冒険者なのか?」
少しだけ聞き辛そうに口にするカナタ。それはリッコも冒険者である事が理由でもある。
同じ冒険者と敵対する様な行動を取らせている事を心配していたのだが、リッコは気にした様子もなく頷いた。
「そうよー。まあ、正式にギルドを通した依頼ではなかったみたいだし、報酬さえしっかりしていればすぐに寝返ってくれたわよ」
「そんなものなのか?」
「冒険者は自分の得が一番だからねー。特に自分の命を守る武器が格段に良くなると判断したら、そりゃ寝返るでしょうね」
「……まあ、その辺りは任せるよ」
五日目の反省会が終わり解散となった。
――そして六日目の朝、ついに問題が発生した。
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