第48話:ロールズの仕込み
驚いているカナタとは異なり、ロールズは待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。
「皆様! お集まりいただきありがとうございます! それではこれより販売を開始いたしますが……今日は販売初日という事で、大盤振る舞い! 儲けのギリギリまで値下げさせていただきます!」
ロールズの口上に人だかりからは歓声があがった。
何が起きているのか理解できないカナタだったが、横目でロールズがこちらを見ている事に気づくと慌てて横に並ぶ。
「……カナタ君は私の手伝いね。計算はできる?」
「か、簡単なものなら」
「了解。なら、二列になってもらって販売しましょう。何か分からない事があったらいつでも聞いていいからね」
「分かりました」
販売自体は店を借りているわけではなく、いわゆる屋台売りというやつだ。
屋台の裏側には包丁を入れた木箱があり、それを見守っていた人物にロールズが声を掛けた。
「遅くなってすみません、リッコ様」
「構わないわよ。って言うか、領主の娘に見張りをさせるとか、どういう意図があるのかしら?」
「あれ? 私は領主の娘ではなく、冒険者に依頼を出したつもりでしたが?」
「ぐぬっ!」
「ちゃんと依頼料も冒険者ギルドに支払ってますよね?」
「……はいはい。そうでしたね」
口では勝てないと理解したのか、それ以上は何も言わずにカナタの方を向いた。
「バルダ商会はどうだった?」
「デブの巨漢がいたな」
「……え? 何よ、その感想」
「ぶふっ! ……ま、まあ、間違いない感想よね!」
準備しながらカナタの感想を耳にしてしまい、ロールズは思わず吹き出してしまった。
その横で首を傾げているリッコだったが、カナタが無事である事を確認するとホッと胸を撫で下ろす。
「まあ、何もなかったのならいいわ」
「うーん……もし、俺の包丁が売れたなら、これから問題になりそうな感じではあったけどな」
「そうなの?」
「まあ、そうでしょうね。でも、そこは商売だし、大きな波を作り出せれば問題はないわ」
「そこでこの人だかりって事ですか? っていうかなんですか、この人だかりは?」
カナタが疑問を口にすると、一番前に並んでいた紳士然とした老人がロールズに笑顔で声を掛けてきた。
「ようやく来ましたね、この日が」
「お待たせしてしまい申し訳ありません、オリジンさん」
「あの、ロールズさん。この方は?」
「失礼しました。私はオリジンと言いまして、ロールズさんの商会を立ち上げるのにわずかばかりの出資をしている者です」
「出資ですか?」
「はい。そして、出資者は出資先が儲けを出すと、わずかばかりの分配金を頂く事ができるのですよ」
「さらに、商品の包丁を無償で差し上げているのよ」
商人にも色々とあるんだなと思っていると、オリジンの後ろから多くの人の声が聞こえてきた。
「私も出資しているのよー!」
「包丁、とっても使いやすかったわ!」
「周りにも伝えておいたぜ!」
周りの反応に耳を傾けながら、これがロールズが仕掛けた策なのだと理解した。
「手を打ったって、これの事ですね?」
「そういう事よ。出資者には無償で商品を提供するのと同時に、周りの方々に宣伝してもらっているのよ」
「もちろん、我々も使えないものであれば宣伝するつもりはありません。それをする事で人と人との関係がこじれる事もありますからね。ですが、この包丁はぜひともオススメしたい商品でしたので、多くの人に声を掛けてしまいましたよ」
「なるほど。それで、この人だかりなんですね」
屋台の前には数十人の人だかりができており、それを見た人がさらに集まってきている。
この分では二百本以上準備した包丁が足りなくなるのではないかと心配になってきてしまうが、ロールズは問題ないと口にした。
「西地区にはそこまで人口も多くないから、これから増えても百本いくかいかないかくらいだと思うわ」
「他の地区から流れてくる事もあるんじゃないのか?」
「可能性はあるけど、それは今日じゃないでしょうね」
「……だから、流通させるのに二日って言ってたのか」
先を見据えながら行動しているロールズの考えにカナタは感心していたが、悠長に構えている事ができなくなってしまう。
「さて! それじゃあ、雑談はここまでよ! リッコ様も手伝ってくださいね!」
「うえぇっ!? わ、私も!」
「よろしくな、リッコ」
「カナタ君まで!」
「人を整理するのはパルオレンジでもやっただろ?」
「人数が違い過ぎるわよ! 人数が!」
販売の準備は整った。
リッコが人だかりを整理していき、カナタとロールズで販売を行っていく。
そこからは怒涛の忙しさとなり、三人は必死に働き捌いていく。休憩を取る暇もないほどだ。
それでも、購入していく人の表情を見ているとカナタは商品を手渡す時に自然とこう口にしていた。
「ありがとうございました!」
「こちらこそありがとう! うふふ、これでお料理が楽しみになるわ!」
全員が満面の笑みを浮かべながら自分の作品を手に取ってくれている。鍛冶師として、これほど嬉しい事はないだろう。
その嬉しさが疲れを吹き飛ばしてくれた。
――ただし、販売を終えてしばらくするとドッと疲れが押し寄せてきたのだが。
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