第47話:バルダ商会
そして、翌日。
カナタはロールズと一緒になってスライナーダのとある建物にやってきている。ここには販売前の挨拶を行う相手がいる。
挨拶と聞いて誰にと思ったが、昨日の話の中で名前が挙がった者を思い浮かべ、一つの商会を思い出していた。
そして、いくつかの決まり事を確認し合うと、ロールズが建物の中にある一つのドアをノックし、ゆっくりと開かれていく。
「失礼いたします――バルダ様」
鍛冶師たちを囲い刃物類の販売をほぼ独占していると言っていいバルダ商会。
包丁を販売するとあって、バルダ商会には販売を行う当日にも足を運んで挨拶に訪れたのだ。
「おや? 前にも顔を出していたね。今日はどうしたんだい?」
ブクブクに肥えた金髪巨漢のバルダが机に手を付けてゆっくりと立ち上がる。その際に机からミシミシと聞こえてきたのは気のせいだとカナタは思う事にした。
「本日より我が商会の包丁を販売しようと思いまして、再びご挨拶をと思いまして」
「あひゃひゃひゃひゃ! 構わないよ。あたいは器がでかいからね! あんたみたいな小物が包丁を売ろうとも全然構わないさ!」
「ありがとうございます! まだまだ駆け出しの鍛冶師ではございますが、お見知りおきいただければと思い、連れてきております」
頭を下げたままのロールズは横目でカナタを見ており、その事に気づいたカナタは自己紹介を行う。
「お初にお目にかかります。私はロールズ商会の鍛冶師――バントと申します」
「あひゃひゃひゃひゃ! なんだ、まだガキじゃないか! 小娘、こんなガキに商会を託すってのかい?」
「私のような若い商会長では、バルダ様のように腕の確かな鍛冶師を囲う事はできません。唯一の方法が若い鍛冶師を育て上げるという一点のみですから」
「あひゃひゃ! 確かにその通りだ! だが……ここでクソみたいな刃物類を売ろうものならただじゃおかないよ! ここはあたいの縄張りなんだからね!」
「心得ております」
「私も全身全霊を込めた作品でお力になりたいと思います」
「そうかい! ならいいよ、さっさと行きな!」
偽名を名乗ったカナタはロールズと目を合わせて小さく頷き、顔を上げて部屋を出ようとする。
「……あぁ、ちょいと待ちな、小娘」
「はい、何でしょうか?」
「あんた、どこで販売をするんだい?」
「スライナーダの西の一角でございます。西以外の区画はバルダ様の商会の力が強過ぎて、私では到底及びませんので」
「その通りさ! あんた、勉強しているみたいだね! 行っていいよ!」
「ありがとうございます! では、失礼いたします!」
今度こそ、頭を下げながら後退した二人は部屋の外に出るとドアを閉めた。
しばらくは黙ったまま歩き続け、建物を出て西の区画へ辿り着くと――二人は大きく息を吐き出した。
「だああああぁぁぁぁぁぁぁ……疲れた」
「バルダ商会長、デブでしたね」
「あんのクソババア! なーにが私の縄張りよ! 別に独占権を持っているわけでもないくせに!」
「相当溜まってますね」
「そりゃそうよ! なんで私があんなクソババアに何度も頭を下げないといけないわけ? あー、思い出しただけでも腹が立つわ!」
ロールズの姿にカナタは苦笑いを浮かべているが、内心ではカナタも苛立っている。
理由の一つはバルダ商会が売り出している包丁の質をこの目で見てしまったからだ。
昨日の話し合いの後、カナタはリスティーが使っている包丁もバルダ商会のものだと知り見せてもらった。
だが、その出来はお世辞にも良いとは言えない、むしろ素人目にも悪いと言わざるを得ないような仕上がりだったからだ。
さらに言えば、そんな出来のものが2000ゼンスと非常に高値で売られているのだから頭に来て仕方がない。
『――包丁だけのために領地を出て買い物に行くなんて、普通はしないからね』
というのがリスティーの言葉である。
バルダは鍛冶師が少ないという点にのみ着目し、ほぼ独占状態を作り出す事で質の悪い刃物類で荒稼ぎしている。
見習いとはいえ鍛冶師であるカナタからすると許し難い行為だった。
「まずは西でカナタ君の包丁を流通させるわ。まあ、二日もあれば問題ないでしょう」
「そんな短期間でいけますかね?」
「あの包丁を使っているのよ? それに、すでに手は打ってあるしね」
「何かしているんですか?」
「ふっふーん! まあ、行ってみてからのお楽しみよー!」
何を隠しているのだろうと思いつつ、カナタはロールズに続いて販売場所へ歩いていく。
すると、販売場所の近くで何やら人だかりができている事に気がついた。
「……あれ、なんですかね?」
「あれは待ってるのよ」
「待ってるって、何を?」
「何をって……そりゃあ――」
ロールズが口にする前に人だかりの一人が二人に気づき大きな声をあげた。
「おぉっ! 来たぞ!」
「ロールズさん! お待たせしました!」
「早速包丁を売ってくれ!」
カナタが見つけた人だかりは、ロールズ商会がこれから販売する包丁を待つ人たちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます