第46話:ロールズ商会、動き出す
さらに五日が経過して、ロールズがついに動き出すと決意した。
「まずは足元を固めるわよ!」
「「……はい?」」
商人ギルドにあるロールズの部屋にはカナタだけではなくリッコもいるが、その二人が首を傾げて同時に疑問を口にする。
「スライナーダで明日、ロールズ商会の初販売を行います!」
「それはいいんだけど、大丈夫なの?」
「……何がですか?」
リッコはやや心配そうに問い掛けたが、ロールズはその意図に気づいていない。
「何がって……一応、スライナーダには領主お墨付きの商会がいくつかあるのよ? そこで大々的に新興商会が販売って、根回しとか大丈夫なのかって聞いてるんだけど?」
商会を立ち上げる事自体は簡単だ。商人ギルドに申請をして、それが通れば新興商会の誕生となる。
もちろん審査なども存在するが、販売する物品や目的がはっきりしていれば断られる事の方が少ないほどだ。
ただし、すでに存在している商会と物品が被る場合は少しだけ話が変わってしまう。
相手の商会の邪魔にならないよう店の場所を決め、挨拶回りを行い、今後の付き合い方を考えていかなければならないのだ。
「その点はご心配なく。私も商人の端くれですから、その程度はすでに終わっていますよ」
「包丁だって、鍛冶師たちを囲っている商会があったんじゃないの? そこがほぼ独占しているはず――」
「それが大きな問題なんですよ! リッコ様!」
「……えぇぇ~?」
さらなる問題提起をしようと思ったリッコだったが、そこへロールズが机をバンと叩き前のめりになりながら口を開く。
「ただでさえ質の良くない刃物類を独占されていて、なおかつ質が良くなる傾向が見られない! これでは、ワーグスタッド騎士爵領の鍛冶は一向に成長しません!」
「……まあ、一理あるわね」
「私はそんな鍛冶の停滞へ一石を投じたいと思っているんですよ!」
「……一石?」
「もちろん! ……まあ、その一石が大きな波を作って飲み込んでしまっても、そこはあちら側に力がなかったと思えばいいだけの話ですよね?」
「飲み込む気満々じゃないのよ!」
冗談っぽく言っているが、ロールズの発言は一歩を間違えるとスライナーダの市場を大きく荒らす事になりかねない。
しかし、リッコも口にした通り一理あると思っている事もありツッコミを入れながらもすぐに腰を下ろしてしまった。
「……あなたなら、荒れた市場を抑え込めると?」
「違いますよ、リッコ様。荒れさせません」
「それができるのね?」
「もちろん! カナタ君の包丁があれば!」
「うえぇっ!? お、俺の包丁なのか!」
突然名前が挙がった事で驚いてしまったカナタだが、ロールズ商会の目玉商品は包丁なので言うまでもないだろう。
「カナタ君の包丁の出来栄えを見せれば、バルダ商会も諦めるわよ!」
「バルダ商会?」
「さっき話に出てきた、鍛冶師たちを囲っている商会の事よ。そのせいもあって刃物類の販売をほぼ独占していて、お父様も頭を抱えているわ」
「どうして頭を抱えているんだ? 一応、販売はしているんだろ?」
「そうなんだけどねぇ。その値段が――」
「値段が高すぎるんですよ! 質が悪い癖に値段だけ高くして、あれじゃあお客様が満足できるはずがないのよ!」
リッコの言葉を遮りながら再びロールズが前のめりになりながら口にする。
「聞いたわよ? カナタ君、包丁を200ゼンスで販売してたんですって?」
「うっ! ……リッコ?」
「あれは安すぎるもの」
「そうです! 安すぎます! あれなら最低でも500ゼンス! 吹っ掛けたとしても1500ゼンスまでなら買う人はいたはずよ!」
「高すぎますよ!」
「だから、吹っ掛けた場合よ。いいかしら、カナタ君? 良い物をみんなに使って欲しい気持ちは分かる。でもね、ものには適正価格ってのがあって――」
「それ、リッコから説明されたから大丈夫です。本当にすみませんでした」
すでにきつく言われている事をロールズからも言われてしまい、カナタは何も言えなくなってしまった。
「……まあ、理解してくれたならいいんだけどね。と言うわけで、適正価格は安すぎてもダメだけど、高すぎるのはもっとダメ。それをバルダ商会はやっちゃってるのよ」
「だからワーグスタッド騎士爵様も頭を抱えているのか」
「そういう事。まあ、それをロールズさんがどうにかしてくれるって事なら、頼りにしますよ?」
小さくため息をつきながらも、リッコはチラリとロールズを見る。
「任せてください! ね、カナタ君!」
「そこで俺に振るのは止めてください!」
「ふっふーん! そんな事を言っていいのかな~?」
意味深にそう口にしたロールズにジト目を向けていたカナタだったが、そのロールズが後ろにある棚から小さな箱を持ってきて目の前に置いた。
「……これは何ですか?」
「開けて見てみなさいよ」
微笑みながらそう言われてしまい、カナタは疑いの眼差しを箱に注ぎながらゆっくりと開けてみた。
「……え……ロールズさん、これって?」
「約束したでしょう? カナタ君の意匠が刻まれたバッジと、編み込まれたフラッグよ」
「格好いい意匠じゃないのよ、カナタ君!」
大鷲が空高く飛び上がっていく様をイメージして作られた意匠を見て、カナタは感極まりながらゆっくりとバッジに手を伸ばす。
そして、身に付けている上着の襟にバッジを付けると、それを優しく指でなぞった。
「……まだ、本当に一人前とは大手を振って名乗れませんが、もっともっと精進してロールズ商会と共に成長していきたいと思います」
「それじゃあ、改めてよろしくね、カナタ君」
「はい!」
固い握手を交わしたカナタとロールズを見て、リッコも自分にしかできない事がないかを考え始めていた。
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