第41話:一方その頃……①
ブレイド伯爵の館では怒涛の混乱が巻き起こっていた。
ライルグッドから言われた通りにアッシュベリーから出る事なく、むしろ館から出る事すらなく過ごしていたヤールスだったが、三日が経過しても王都からの使者はやって来ておらず、このまま時間を無駄に過ごしていいものかと思案を始めていた。
「くそっ! どうしてこうなった、どうして……」
昨日まではあまりの出来事に何も考える事ができず、食事もほとんど喉を通らなかった。
今なお混乱しているのだが、少しずつではあるが冷静になってきている。
「……そうだ。全てはカナタのナイフが引き金になったのだ」
だが、あくまでも少し冷静になっただけで、完全に思考が落ち着いたわけではない。
「カナタを見つけ出し、そして殿下の目の前で罪を償えば私は生き残れる!」
何の根拠もない話だが、今のヤールスにはこれが最善であるとしか思えなかった。
ベッドから立ち上がったヤールスはメイドを呼び身支度を整えると部屋を飛び出した。
廊下で遭遇したラミアが声を掛けたが返事をする事はなく、そのまま玄関まで向かう。
ラミアの声を聞いたユセフも姿を見せると、その大声には視野が狭くなっていたヤールスでも気づく事ができた。
「父上!」
「ん? なんだ、ユセフにラミアまで。私はカナタを探しに行くから、留守を頼むぞ」
「あなた! 何を言っているのですか? 殿下から都市を出るなと言われているではありませんか!」
「このままでは我がブレイド伯爵家は降格させられてしまう! 最悪、爵位剥奪もあり得るだろう」
「まさか! 父上、それはさすがにないのでは?」
「いいや、あり得る! 殿下は言っただろう。陛下すらも騙した罪だと……このままでは、ダメなのだ!」
自分が行ってきた所業ではあるものの、あの時のヤールスはそれが最善だと判断していた。バレるなどと思ってもいなかったのだ。
「……そうかしら?」
今にも出て行こうとするヤールスに対して、ラミアは静かに口を開いた。
「何が言いたのだ、ラミア?」
「確かに陛下を騙していた事は罪となるでしょう。ですが……その罪を犯したのは、あなたでしょう?」
「……お前、何を言っている?」
まるで悪魔でも見たかのような表情のヤールスとは異なり、ラミアは不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「陛下に不敬を働いたのはあなたです。ブレイド伯爵領は広大ですから、いきなり領地を取り上げる事はしないでしょう。領民は国民ですからね」
「……な、何が言いたいのだ、ラミア!」
「ですから――罪を償うのはあなただけ! その後はユセフがブレイド伯爵となれば問題は解決するのですよ!」
ラミアの口から告げられた内容にユセフは笑みを輝かせるが、ヤールスは絶望に満ちた表情に染まる。
「おぉ! 母上、それは本当でございますか!」
「貴様! それでも私の妻か!」
「私は妻であり、母です。子供の幸せを願うのが、母の役目ですからね」
「父上! 私は次期当主です! ここはブレイド伯爵領のために、身を削ってください!」
「ふざけるな! 私が当主だ! 私がブレイド伯爵だ! 奴を、カナタを見つければまだ大丈夫なのだ!」
少しだけ冷静になっていたヤールスは怒り狂い、再び冷静さを欠いてしまう。
玄関を飛び出していこうとしたその時――その腕を掴まれて地面に倒されてしまった。
「ぐはっ!」
「見苦しいですよ、あなた?」
「……な、何故だ! 私が何をしたと言うのだ!」
「陛下に不敬を働いた、ただそれだけですよ」
ヤールスを取り押さえたのはラミアの指示でブレイド伯爵の館を守っていた門番だった。
「き、貴様ら! その手を放さないか!」
「も、申し訳ありません。殿下の命もあるため、出て行かせるわけにはまいりません!」
「黙れ! 貴様らを雇っているのは私だろう! 私が主だ!」
「……ラ、ラミア様?」
どうするべきかと悩んでいる門番はラミアに指示を仰ぐ。
「ヤールスを牢に入れておきなさい」
「なんだと!? ラミア、本気で言っているのか!」
「さっさと連れて行きなさい!」
「わ、分かりました!」
「放せ! 放さんか! 私はブレイド伯爵だぞ! 放せええええええええ!」
門番に引きずられながら牢へ連れて行かれるヤールスを見送る事なく、ラミアは視線をユセフに向けて優しく抱きしめた。
「これからのブレイド伯爵領はあなたに懸かっているわ。私も支えますから、しっかり務めを果たすのですよ?」
「もちろんです、母上! 俺がブレイド伯爵領を更なる高みに押し上げてみせます!」
二人が見ている未来予想図にはブレイド伯爵領が栄えている光景が描かれているのだろう。
だが、それは大きな間違いだった。
ライルグッドによって報告を受けた陛下の沙汰がどのようなものになるのか、それを知る事になるのはもう少し先の事である。
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