第40話:錬金術の可能性

 何を根拠にそう口にしたのか分からなかったが、ロールズの表情は真面目そのもので冗談を言っている雰囲気はどこにもなかった。


「……あの、ロールズさん? 俺、鍛冶師ですよ?」

「錬金鍛冶師、だよね?」

「まあ、そう名乗ってはいますけど」

「錬金術は試した事あるの?」

「ないですよ! っていうか、錬金術の事なんて全く分かりませんし!」

「そうなの?」


 ロールズの問いにカナタは何度も大きく頷いている。

 しかし、その姿を見てろロールズは何故か納得できずにいた。


「うーん……普通、鍛冶師なら錬金術についても教えてもらうはずなんだけどねー」

「え? そうなんですか?」

「そりゃそうよ。鍛冶に必要なインゴットを誰が作ってると思ってるの? 仕事のパートナーになるだろう相手の事くらい、普通なら多少は知っているものよ?」

「……全く教えてもらえなかった。というか、あの光を見た途端に錬金術師になるのかって怒鳴り出したからなぁ」

「ブレイド伯爵はそういうお人柄ですか。そりゃ落ちぶれていくわねー」


 何やら納得顔のロールズだったが、先ほどの質問が解決したわけではない。

 錬金鍛冶というのは呼び名がなかったからリッコが名付けただけで、本当に錬金と言っていいのかは分からないのだ。


「魔力はもう切れているのよね?」

「そうですね」

「なら、明日は錬金術を試してみましょう!」

「……え?」

「それができれば、ロールズ商会で錬金術師と鍛冶師の両方を専売できるし!」

「いや、ちょっと! 結局は俺一人なわけですよね!」


 錬金術ができたとして、今の流れだと錬金術師も鍛冶師もカナタが担当する事になる。

 そうなると二人分の偽装が必要になるわけで、無駄な面倒が増えるのではないかと危惧したのだ。


「そうだけど、むしろその方がいいんじゃないかしら?」

「……何故に?」

「錬金鍛冶って手法を誤魔化す事ができるからよ」


 ロールズの言い分はこうだ。

 錬金鍛冶の場合は錬金術で鉱石と不純物を完全に取り除かなくても作業が可能だが、それは通常はあり得ない。

 通常なら錬金術で不純物を取り除いた鉱石を用意し、それを鍛冶で成形し作品に仕上げる。

 囲っている職人が鍛冶師だけだと鉱石を他から仕入れなければならないが、錬金術が施された鉱石だと手間賃が上乗せされてしまい高く付く。

 実際には必要のない手間賃まで払って偽装するよりかは、錬金術師も囲っていると見せた方が錬金鍛冶という手法を誤魔化すうえでも、資金繰りの面でも理にかなっていると言えるというものだ。


「言っている事は分かるけど、本当に錬金術ができるかは分かりませんよ?」

「できなくても構わないわ。あくまで、できれば誤魔化すうえでの手札が増えるってだけだもの」

「うーん……まあ、そういう事ならいいけど」

「よかったわ! それじゃあまずは錬金術について学んでもらわないとね! 学ぶだけなら魔力を使う事もないし時間もまだあるから問題ないわよね!」

「うええぇぇっ!?」


 突然興奮したロールズが捲し立てると、カナタの腕を取って部屋を出て行こうとする。


「ま、待ちなさいよ!」

「リッコまで!?」


 そんなカナタの逆の腕を掴んだリッコも引っ張り出して、カナタを間に挟んでロールズとリッコが睨み合いを始めてしまった。


「リッコ様? 商売には時間が大事なんです。話していただけませんか?」

「ロールズさん? カナタ君は魔力を大量に使って疲れているんです。今日はゆっくりと休ませてあげないといけないんですよ?」

「……あの、えっと……助けて、リスティーさん?」

「……ごめん」

「見捨てた!?」


 この場で最年長であるリスティーに見捨てられてしまい途方に暮れるカナタだったが、ふと思い出した事があり口を開いた。


「……あれ? 俺、今日はどこに泊まればいいんですかね?」


 スライナーダに到着してから真っすぐにギルドビルに足を運んでいたので宿屋を決めていなかった。

 包丁を販売しながらの旅路だったのでお金はある程度持っているが、空いていなければ意味がないのだ。


「お、俺、宿屋を見つけてきます!」

「何を言ってるのよ、カナタ君」

「え?」

「客人なんだから、私の家に泊まっていけばいいじゃない」

「……ええええぇぇっ!? いや、それはさすがに無理です! リッコの家って事は、ワーグスタッド騎士爵様の館ですよね!」

「それなら私の家に来る? 商売のパートナーとして、親交を深めるのも大事だと思うんだけど? ちなみに、独り暮らしよ?」

「それも遠慮します!」


 むしろそっちの方が危険な気がしたカナタは断固として拒否をする。

 そして再びの睨み合いになってしまいどうしたものかと思っていると――


「二人とも、落ち着きなさい!」


 見かねたリスティーが間に入ってくれた。


「もう。カナタ君も嫌な時は嫌だとはっきり言わないとダメよ?」

「はい、すみません」

「二人はもっと冷静に行動しなさい」

「「……でも!」」

「でもも何もありません! 一番年下を困らせないの!」

「「うっ!? ……はい、すみませんでした」」


 見捨てられたと思っていたが、どうやら違ったのかとカナタは内心でホッとする。

 実際は面倒だっただけなのだが、さすがにかわいそうだと思い手を貸したリスティーである。


「そこまで言うならカナタ君は私が面倒を見ます」

「「「……はい?」」」

「言っておきますけど、私は既婚者で旦那もいるからご安心を」


 何に対する安心なのかはさておき、これ以上の面倒はごめんだと思ったカナタはリスティーの提案に甘える事となり、本日の宿が決まったのだった。

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