第38話:今後の展望

 話し合いは個室で行われる事になった。

 ロールズ商会の今後を決める大事な話し合いという事なのだが、他にも気になる事がロールズにはあった。


「ねえ、カナタ君。あなたは未来予想図を描いているのかしら?」

「……未来、予想図?」

「まあ、簡単に言えばどうなりたいのか想像しているかって話」

「どうなりたいか……」


 最初はブレイド伯爵領から出る事だけを目標にしていたし、辿り着いた先でも漠然と活躍できればとしか考えていなかった。

 ロールズに問い掛けられて、カナタは初めてこれからの事を本気で考え始めていた。


「……職人として、高みに上りたいです」

「それは、カナタ君の名前をアールウェイ王国全土に轟かせたいって事?」

「違います! 正直、バカ親父には知られたくない。知られたら、手柄を寄こせだのなんだの言われそうなんで」

「そうなのね。……それじゃあ、職人として高みには上りたいけど、カナタという名前は売り出したくないって事でいいのかしら?」

「……そうなるの、かな?」

「もう! はっきりしなさい、どうなのよ!」

「は、はい! その通りです!」


 有名になりたい気持ちがないわけではないが、そのせいで誰かに迷惑が掛かるのであれば止めておきたい。特にリッコがワーグスタッド騎士爵の娘だと知ってからはその気持ちが強くなっている。


「……カナタ君。本当にいいの? あなたの名前が全土に広がるチャンスなのよ? バカ親父を見返すチャンスでもあるのよ?」

「構いませんよ。現状、ブレイド伯爵とワーグスタッド騎士爵では、ブレイド伯爵の方が力は上だからな。俺の力でワーグスタッド騎士爵の地位が向上してブレイド伯爵に並ぶか超えたなら、俺の名前も多少は役に立てるんじゃないか?」

「……もう。そんな事は考えなくてもいいのに」


 申し訳なさそうに呟くリッコであったが、カナタはすでに決めていた。

 ロールズに問われてようやく気づかされたのだが、一度決めてしまえばなんてことはない、カナタはただ良い作品を作り続ければいいだけの話なのだ。

 それがどれだけ難しい事であるのかは自分が一番理解しているが、錬金鍛冶についてもっと知る事ができればそれも可能であるとカナタは自分の可能性を信じる事にした。


「そういう事なら、鍛冶師の名前を偽って作品を販売する必要があるわね」

「え? ……それって、大丈夫なんですか?」


 ロールズからの思わぬ提案に不安を口にしたカナタだったが、当の本人は笑いながら問題ないと自信をのぞかせた。


「私みたいな新興商会の場合は、有望な見習いや埋もれている職人を見つけて専売にする事は結構多いのよ。今回は有望な見習いを見つけて即囲ったって事にすれば問題ないわ!」

「……犯罪スレスレのような気もするんですが?」

「それじゃあカナタ君の名前を大々的に押し出しましょうか?」

「偽名でお願いします!」


 結局、偽名を使う事が即座に決定された。


「ねえ、ロールズ。偽名を使うのはいいとしても、肝心の師弟制度の問題はどうするつもりなのかしら?」

「そうよ! カナタ君はバッジも持っていないし、専用の意匠もないのよ? 作品がどれだけ一流でも、バッジも意匠もないんじゃあ商会として大々的に販売はできないわよね!」


 リスティーもリッコも、師弟制度が引っ掛かってしまっている。

 しかし、ロールズにはその点についても秘策を用意していた。


「そんなもの簡単よ! カナタ君!」

「え? なんですか?」

「あなたのバッジと意匠、私が作っちゃってもいいかしら?」

「「「……はい?」」」


 まさかの発言に三人とも呆気に取られた声を漏らしている。

 一方で提案したロールズの顔は真剣そのものだ。


「バッジも意匠も新しく作っちゃえばいいのよ! なーに、情報の隠蔽に関しては私に任せてもらえれば問題なし! 絶対にバレないようにしてあげるからさ!」

「な、何を根拠にそんな事を言っているのよ! その口、縫い付けてやろうかしら!」

「落ち着きなさいよ、リッコ。まあ、私も同じ気持ちだけどね。ロールズ、さすがにそれはやり過ぎじゃないかしら?」

「そうでしょうか? 私はカナタ君の言っている作業の仕方を知らないけど、家を追い出されるような方法なら他の鍛冶師を紹介しても意味がないと思います。なら、経歴の何もかもを偽装するのもありじゃないかと」

「バレたらどうするのよ! カナタ君は唯一無二の存在なのよ!」

「そこはロールズ商会の名に懸けて私が守ります。この命に代えても」


 最後の言葉にはロールズに覚悟のようなものが込められていた。

 それはカナタだけではなく二人にも伝わっており、リッコはこれ以上文句を付ける事ができなくなってしまった。


「……カナタ君。本当は私もこんな方法は取りたくないわ。でも、あなたの腕を活かすには現状、この方法しかないのよ」

「俺も、そう思います」

「私としては、最終的にカナタ君の作品が王都にまで進出して陛下の目に留まり、そこで師弟制度に則らなくても腕の良い職人はいるのだと宣伝したいわ」

「……はい?」


 まさかの展開にカナタは再び呆気に取られてしまう。


「だって、悔しくないかしら? どれだけ腕があっても師弟制度のせいで世に出られない職人は山のようにいるはずよ。師匠が弟子の才能を押さえつける事もあるって聞いたわ。そんなの、許せないもの」

「……ロールズさん」

「本当に許せない。だって――稼ぐチャンスを棒に振っているようなものじゃないのよ!」

「……あ、やっぱりそこに行きつくんですね」


 どこまでが真面目でどこまでが冗談なのか、はたまた全ての発言を真面目に言っているのか、カナタは分からなくなっていた。

 それでも、ロールズが自分の事を真剣に考えてくれているという気持ちだけはしっかりと伝わっていたのだった。

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