第37話:ロールズ商会
あまりの迫力に若干体を引いたカナタを見て、リスティーが女性の腕を引っ張るとふんわりとした長い桃髪とこれでもかと主張してくる胸が揺れて二人が離れ、その間にリッコが体を滑り込ませる。
「ちょっと! ロールズ!」
「あなた! いきなり失礼でしょうが!」
「しょ、商売は時間との勝負なのよ! あなたがこの短剣を作ったのね!」
「……あー、はい」
素直に返事をしてもいいのか考えたものの、リスティーの紹介という事もあり正直に答えることにした。
「うっひょー! これは上玉ね! リスティーさん、本当にいいんですか?」
「……ちょっと考えさせてもらってもいいかしら?」
「酷い! あの短剣を見せておいてそれは拷問にも等しい行為だわ!」
「あなたの態度が悪いからでしょうが! っていうか、あなた誰なのよ!」
「そういうあなたは誰なんですか?」
「私はリッコ・ワーグスタッド! 領主の娘よ!」
「……はい?」
「はい? じゃないわよ! あなた、失礼にもほどがあるわね!」
冗談だと思い込んだ女性は鼻で笑うように返事をすると、リッコにはさらなる怒りが湧き上がってくる。
「リスティーさん。この人、誰なんですか?」
「……今、言った通りだけど?」
「領主の娘? ……まっさかー! 冗談ですよねー!」
「……」
「あははー! ……ははー……はー……え、マジで?」
「マジよ! リスティーさん! カナタ君は絶対に他の商人にお願いします!」
「も、申し訳ありません! 本当に冗談だと思っていたんです!」
リスティーの態度とリッコの反応から、本当に領主の娘だと理解した女性は顔を青ざめて必死に謝っている。
だが、リッコは引く様子を見せずに女性を無視してリスティーに話し掛けた。
「いいですか、リスティーさん! こんな無礼な人にカナタ君は任せられませんからね!」
「いやー! 私みたいな新興商会には、新しい風が必要なんですよー!」
「新興商会ですって!? そんな人を紹介したんですか、リスティーさん!」
勝手に墓穴を掘っていく女性を見て、リスティーは手で顔を覆う。
リスティーとしては当然伝えるつもりであったが、カナタとリッコの反応を見ながら説明するつもりであった。
それが最悪の状況で伝わってしまった事もあり、リッコは完全に反対の姿勢を崩さなくなってしまった。
「あのね、リッコ。ワーグスタッド騎士爵領には人手が足りないの。それは分かるでしょう?」
「分かってますよ! だから領主の娘である私自らが他領に足を運んで人材を勧誘しているんじゃないですか!」
「現状、カナタ君のような特殊な状況の人間を受け入れてくれそうな商会がいないのよ」
「特殊ですって? カナタ君は……まあ、確かに特殊ですけど」
「でしょ? 国主導で行われている職人の師弟制度に逆らうような形で作品を販売するなんて、既存の商会では手を出してくれないのよ」
「え? 君って、見習いなの?」
聞かされていなかったのか、女性は短剣とカナタを交互に見ながら口を開いた。
「えっと、はい。俺の作業の仕方が他の鍛冶師とは大きく異なっていて、それで家を追い出されてしまったんです」
「へぇー……もったいないわね。ちなみに、君の家って有名な鍛冶師の家系とか?」
「はい。ブレイド伯爵家です」
「「……はい?」」
今回の暴露に関してはリスティーも知り得ない事だったので、二人して驚きの声が漏れてきた。
「俺は、ブレイド伯爵家を勘当されて追い出されたんですよ」
「……あー、リッコー? その話は、私も聞いてないんだけど?」
「言うタイミングがなかったからねー」
「……普通は最初に言う事でしょうが!」
「だって! まずはカナタ君の鍛冶を見てもらった方がいいと思ったのよ! その後に説明するつもりだったけど、先走って商人ギルドに連れてきたのはリスティーさんでしょ!」
当事者を置いて怒鳴り合いを始めてしまったリッコとリスティー。
この怒鳴り合いに女性も加わるかと思っていたカナタだったが、女性は予想外の反応を示してきた。
「……最高じゃないのよ!」
「「「……はい?」」」
「ブレイド伯爵家って言ったら、鍛冶の名門でありながら最近は評判をガタ落ちさせているって有名なところよね! うんうん、そんなところなら飛び出して正解よ! 私が君を最高に有名にさせてあげるわ! だから私と組みましょう! あ、私はロールズ! さっきも言ったけど、新興商会の商会長よ!」
「……えっと、今の話のどこで最高だと思ったんですか?」
疑問しか浮かんでこないカナタが問い掛けると、ロールズは一息に理由を語り出した。
「ブレイド伯爵家が追い出した君が最高に有名になればさらに落ちぶれていくでしょうね! そして君を拾ったワーグスタッド騎士爵と専売商人であるロールズ商会の名前も全土に轟く事でしょう! そうなったら陞爵したり私が叙爵する事もあり得るかもしれないわ!」
「……あー、簡単に言うと、ワーグスタッド騎士爵様のためでもあり、自分のためでもあると?」
「そういう事ね!」
ドヤ顔で返事をされてしまい困惑するカナタだったが、リスティーの説明もしっかりと聞いていた。
師弟制度がある以上、師匠から認められていない鍛冶師の作品を商品として取り扱うには相当のリスクを背負う事になる。
作品の善し悪しではなく、職人が一流か見習いかで商品を購入する者の方が多いからだ。
その点を踏まえると新興商会であり、カナタの事を知っても手を差し伸べてくれるロールズの手を取るのは悪い事ではないと思えてきた。
「慎重に選びなさいよ、カナタ君。こいつを断っても、私が絶対にもっと良い商会や商人を探してあげるから」
隣ではリッコが断るように呟いていたが、しばらく考えた結果カナタが選んだ答えは――
「……分かりました。ロールズさん、よろしくお願いします」
「ありがとう!」
差し出されたカナタの手をがっしりと握るロールズ。
「……ところで、カナタ君でいいのよね? ずっとそう呼ばれてるけど?」
「「「……今さら!?」」」
そこから、ちゃんとした自己紹介が行われて今後の話に移るのだった。
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