第36話:商人ギルドへ

 カナタの腕前を確認したリスティーは、出来上がった短剣を片手に歩き出す。


「ついて来なさい」

「ちょっと、リスティーさん。どこに行くんですか?」

「ついて来たら分かるわよ」


 残されたカナタとリッコは首を傾げつつ、先を行くリスティーに置いていかれないよう駆け足でついていく。

 職人ギルドの職員二人に会釈をしながら廊下に出ると、向かった先は階段を上っての二階――商人ギルドである。


「早速、カナタ君の作品を専売する商人を決めたいと思います!」

「「……ええええぇぇっ!?」」


 あまりに早い展開についていけず、二人は驚きの声をあげる。

 リッコとしても商人ギルドに販売を一任する予定だったのだが、まさか今日の内に専売商人まで決めるとは思ってもいなかった。


「リスティーさん。それはさすがに急ぎ過ぎじゃないですか?」

「何を言っているのよ! 商売はスピード勝負、良いものがあるならすぐに売る! これは鉄則よ!」

「……えっと、俺はいったい何をしたらいいんですか?」


 状況を理解できている二人とは違い、本当にただついて歩いているだけのカナタとしては何が起きているのか全く分からない。

 商人ギルドにやって来た事までは分かっているが、ここで何をするのかは話を聞いて何となく想像している程度だ。


「カナタ君はドンと構えていればいいのよ!」

「……はぁ」

「なんかごめんね。私もちょっと展開についていけてないわ」

「いや、俺は別に構わないんだけど……なんか、凄い事になっちゃったなって」


 職人ギルドに登録してすぐに商人ギルドへ。ブレイド伯爵領にいた頃には考えられなかった状況だ。

 自分でも素晴らしい出来になったと思っている短剣だが、実際にいくらの値が付くのかまでは検討がつかない。

 最終的にはギルドオークションに掛けられるので高くも安くもなる可能性は秘めているが、高く売れて欲しいと思うのは当然の心理だろう。

 そして、商人からの評価はまた違う視点からのものになる。どのような評価が下されるのか、カナタは少しだけ不安になっていた。


「そうそう、一人私がオススメしたい商人がいるんだけど、声を掛けていいかしら?」

「俺は構いません。というか、ワーグスタッド騎士爵領に知り合いとかいませんし」

「ありがとう! それじゃあ……そっちの椅子で待っててちょうだい!」


 カナタからの許しを得ると、リスティーは笑顔を浮かべて駆け出していく。

 言われた通りに椅子に座って待っていると、リッコが申し訳なさそうに声を掛けてきた。


「……あの、カナタ君」

「なんだ?」

「その……領主の娘だって事、黙っていてごめんなさい」


 突然の謝罪に驚いたカナタだったが、リッコの顔を見てすぐに表情を引き締める。


「……事情があったんだろ? なら、仕方ないさ」

「本当の事を言ったら、カナタ君から警戒されると思ったの。領主の娘が移住者を集めているなんて、普通はない事だもの」

「そりゃそうだろう。ブレイド家の人間が移住者を探すようなものだろ? ……うん、あり得ないな」

「でしょ? 打算だらけの私の誘いなんて、本当の事を言ったら断られるんじゃないかと思って……本当に、ごめんなさい」


 神妙な面持ちで謝罪の言葉を口にするリッコだったが、カナタは特段重くは受け止めていなかった。


「でも、あの場にリッコがいなかったら間違いなく死んでいたし、リッコが本当の事を言っていたとしても俺はついていったと思うぞ?」

「……え?」

「まさか、俺が一人になるのを見張ってたとか?」

「な、ないわよ! あれは本当に偶然だったの! その、冒険者として活動していたら資金が足りなくなっちゃって、それで……あはは」


 恥ずかしそうに笑ったが、そっちの方がリッコらしいとカナタは思った。


「笑ってる方がいいと思うぞ」

「……え? もしかして、口説かれてる?」

「んなわけあるか! っていうか、いつもの調子に戻ったみたいじゃないか」

「……うん。ありがとね、カナタ君」

「それは俺のセリフ。……正直、商人ギルドに来てからずっと緊張してた。でも、リッコとゆっくり話ができて緊張がほぐれたわ」


 そこまで話をすると、二人はほぼ同時に苦笑を浮かべた。

 互いに打算があったとはいえ、予想外の方向へ話が進んでしまい変な緊張感が生まれてしまった。

 そのせいもあり不安が顔を覗かせてリッコからは謝罪の言葉が口にされたのだ。

 だが、本音で話をできたからか先ほどまであった緊張感は薄れ、いつも通りの二人になれた気がする。


「もしかして、リスティーさんは俺たちが緊張しているのに気づいてた?」

「いやー、それはない。本当にたまたまだと思うわよ?」


 そんな話をしていると、商人ギルドの奥からリスティーに連れられて一人の女性がこちらに歩いてきた。


「お待たせ! 彼女が私がオススメする――」

「あなたがこの短剣を作ったって本当なの?」


 リスティーの言葉を遮りながら、女性は前のめりになって問い掛けてきた。

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