第33話:ワーグスタッド騎士爵との話し合い

 思わず返事をしてしまったが、今の話には少しばかり間違いがある。


「あっ! で、ですが、凄腕の鍛冶師と言うのは語弊がございます! 俺の……じゃなくて、私の腕はごく一般的であり、さらに師弟制度から見れば見習いであって――」

「はいはい、カナタ君。話はその辺でね? お父様、このナイフを見てくれませんか?」

「ちょっと、リッコ! いや、リッコ……さん? 様?」

「今まで通りでいいわよ」


 苦笑しながらリッコはそのままナイフを取り出すと、それをスレイグに手渡した。


「……おぉ……おおぉっ! うんうん、素晴らしいナイフではないか! これは君が作ったのかい?」

「えっと……はい。あっ! す、すみません! 名乗りもしないで! カ、カナタと申します!」

「そうか! カナタか! そうそう、口調はいつも通りで構わないぞ! リッコにもそのように言われたであろう?」

「いや……その、さすがにそれは無理と言いますか、まさか貴族様の娘だったとは思わず……」


 カナタの言葉にスレイグは少し困惑顔を浮かべ、そのままリッコに話を振る。


「おい、リッコ。カナタに話しているんだろう?」

「……」

「……リッコ。お前、まさか何も言っていないのか?」

「……てへ!」

「てへ! ではないだろうが! お前、勧誘する時はちゃんと話をしてからだと言っただろうが!」


 どうやらスレイグとリッコの間で行き違いがあったようだ。

 しかし、リッコが意図して話をしていなかった事は話の流れから理解してしまったカナタは特に何かを言う出もなく、二人のやり取りを見守っていた。


「これで断られたらどうするつもりだ! ワーグスタッド騎士爵領は常に人手が足りないのだぞ!」

「だってー。カナタ君、家を追い出されていく当てもなかったしー、後から説明しても大丈夫かなーってー」

「どのような事情があったとしても勧誘とは移住してもらう事と同義だぞ! それを何も言わずに……ん? 家を追い出された?」

「あー、えっとー……そのー……」


 そこでカナタは意を決して自分の事情をスレイグに説明した。

 むしろ、移住を決断するならば貴族間での問題に生じないよう話しておく必要があると判断したのだ。


「――というわけで、ブレイド伯爵家を勘当されて今に至るというわけです」

「うぅむ、カナタが伯爵家の五男だったとはな。だが、これほどのナイフが打てる……いや、正確には作るか? 作れるのに勘当とはなぁ」

「クソ親父……じゃなくて、父上は腐っても鍛冶師ですから。鍛冶以外の手法で作られた作品が嫌で嫌で仕方がなかったのでしょう」

「本当にクソ親父よね! 私が助けなかったらカナタ君、魔獣に喰われていたと思うわよ?」

「く、喰われて! ……でも、そうですよね」


 リッコの言葉にカナタは森の手前でやろうとしていた無謀な野営を思い出していた。


「……まあ、問題はなかろう」

「え?」

「カナタが良ければ、ワーグスタッド騎士爵領へ移住してくれないだろうか? そして、その力を我が領のために使ってくれないか?」

「……よろしいのですか?」


 決断にはもう少し時間が掛かると思っていたのだが、スレイグからはあっさりと移住を認める答えが返って来た。


「もちろんだ! 先ほども言ったが、我が領は常に人手不足に悩まされている。未知の力だからと敬遠していては何もできん! それに、このナイフを見せられては断るバカはいない……いや、ブレイド伯爵家以外はいないだろう!」

「……あ、ありがとう、ございます」

「よかったね、カナタ君!」

「……はい、リッコ様」


 驚きつつ返事をしたカナタだったが、何故かこちらを見るリッコは頬を膨らませてジト目を向けてきている。


「……ど、どうしましたか?」

「その言葉遣い」

「え?」

「なんで様付け? 何で敬語?」

「なんでと言われましても、リッコ様はワーグスタッド騎士爵様のご息女であり、私は今や平民です。これは仕方がない――」

「かーんけーいなーし! 私がカナタ君と普通に話したいって言ってるの! それに、私は冒険者なんだから、そんな言葉遣いをされるのはほんっとうに嫌なのよ!」

「……ええぇぇぇぇぇ~?」


 心底のため息が口から出てしまい、カナタは慌てて両手で口を閉じる。

 しかし、時すでに遅くリッコは快活な笑みを浮かべながら満足そうに頷いた。


「そうそう! そういう感じでいいのよ、カナタ君!」

「……はぁ。分かりました」

「敬語!」

「……この場はワーグスタッド騎士爵様もいらっしゃいます。ご当主様の前でそれは――」

「私の前でも普通にしてくれて構わんよ! 普段から堅苦しい話し方は肩が凝っていかんわ!」

「…………ええぇぇぇぇぇ~?」


 結局、カナタは貴族を相手に普段通りの会話を強要される事になるのであった。

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