第32話:中心都市スライナーダ

 身分チェックを終えた二人は門を潜り街に入った。

 そこでも領民たちが笑顔で行き交っており、子供たちの明るい声が聞こえてきて、さらに小さな村にはなかった屋台が数多く並ぶ通りでの客寄せの声が響き渡っている。

 単に賑やかだというだけではなく、その声の中に多くの笑い声が含まれている事も特徴の一つだろう。


「へぇ。中心都市と言うだけあって、通って来た村よりも盛り上がっているんだな」

「そりゃそうよ! なんたって、中心都市だからね!」

「……まあ、そうだよな」

「……その言い方、バカにしたでしょ?」

「ち、違うよ。……いや、正直に言えば、ちょっと驚いてる」


 元が伯爵家の生まれだったカナタからすると、中心都市の規模が明らかに違っていて驚いてしまう。

 高い外壁に囲まれており、建物は基本的に石造りで頑丈、多くの商人が出入りしておりお金の流れも出来上がっている。

 そう言った完璧な都市を想像していただけに、ブレイド伯爵領のパルオレンジに近い規模の中心都市に驚きを隠せない。


「……でも、良い雰囲気だよな」


 それでも素晴らしいと思えるものも見つけていた。

 領民の雰囲気は素晴らしく笑みが絶えず、子供たちを多くの大人が見守り大切にしている。イジーガ村でも似たような雰囲気を見ていたので、辺境の村だけではなく中心都市からそうなのだと思うと嬉しくなってしまう。


「領主様の意思が、遠くの村まで行き届いているんですね」

「そうなんだ。……カナタ君、会って欲しい人がいるんだけど、案内してもいいかな?」


 軽い感じだったリッコの雰囲気が突然真剣なものに変わり、カナタは振り返りながら瞬きを繰り返す。


「……構わないけど、どうしたんだ?」

「こっちよ」

「ちょっと、リッコ?」


 カナタの呼び掛けは周囲の人の耳にも届いたようで、多くの人が振り返っている。

 だが、リッコは周囲の様子を気にも留めずに歩き出したのでカナタは慌てて追い掛けた。


「なあ、リッコ。本当にどうしたんだ?」

「……」

「……リッコ?」

「……何でもない」


 何かを決意したかのような表情を見てさらに困惑するカナタだったが、同じ質問には答えてくれなさそうだと思い質問を変える事にした。


「そういえば、リッコはワーグスタッド騎士爵領の出身だって言ってたけど、もしかしてスライナーダの出身なのか? それだと、会ってもらいたい人ってリッコの親とか? いやー、俺たちって別に恋仲ではないし、親に紹介とか必要ないんじゃないか?」

「……正解。親に紹介するのよ」

「……え?」


 冗談のつもりで口にした言葉だったが、リッコからはまさかの肯定で返されてしまい黙り込んでしまう。

 その後は言葉を交わすことなく、無言のまま通りを進んでいく。

 そして到着した場所は、外で話題に挙げたギルドビルの前だった。


「……ここにいるのか?」

「うん。ギルドビルの三階、最上階にいるわ」

「最上階って……え、もしかしてリッコの親って、偉い人なのか?」

「そんな感じね。それじゃあ、行きましょうか」

「お、おぅ」


 素っ気ない返事だけで歩き出したリッコ。

 何度も通っていたかのように立ち止まる事なく歩き続け、周囲の人からは何事だと声を漏らす者もいる。

 中にはリッコの事を二度見している者もいて、カナタは少しずつだがリッコの正体を考え出すようになっていた。

 三階に到着すると廊下の前には警備兵が立っていたのだが、リッコを見るや否や敬礼をしてきたのでやはりかとカナタは頭を抱える。


「リッコ様、そちらの方は?」

「私が勧誘してきたの。凄腕の鍛冶職人よ」

「おぉっ! 鍛冶職人ですか! お若いのに凄いですね」

「い、いやー。俺はその、凄腕ではない――」

「お父様に面会したいのだけど、いいかしら?」

「ちょうど休憩に入られたところなので、ご案内いたします」

「ありがとう」


 言葉遣いまで変わっている事を確認し、カナタは自分の考えが正しいと確信を得てしまう。

 ワーグスタッド騎士爵領に詳しい理由も納得するものであり、領地発展につながるなら錬金鍛冶という未知の力も受け入れられると自信を持っていたのも頷ける。何故なら彼女は――


「失礼いたします、お父様」

「おぉっ! リッコ、久しぶりじゃないか!」

「単刀直入に申し上げます。凄腕の鍛冶師、領地発展の助けになる人材を連れてまいりました」

「そうか! 君がそうだね?」

「えっと、はい」

「私はワーグスタッド騎士爵領の領主、スレイグ・ワーグスタッドだ」


 リッコの正体は、ワーグスタッド騎士爵の娘だったのだ。

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