第31話:到着スライナーダ
立ち寄る街で錬金鍛冶をしながらワーグスタッド騎士爵領を進んでいき、七日掛けてようやく中心都市スライナーダの近くに到着した。
イジーガ村からスライナーダまでは真っすぐ進めば三日で到着できる距離である。どうして七日もの時間を要したのか、その理由はカナタが作る包丁にあった。
「結構な儲けになったな」
「本当よねー。私、冒険者稼業を辞めようかしら」
「いや、それはダメだろ」
「カナタ君、雇って?」
「流れの錬金鍛冶師に何を期待しているんだ?」
カナタは錬金鍛冶で包丁しか作っていない。それにもかかわらず儲かっているのは格安で凄く切れる包丁の噂が他の街にまで流れていたからだった。
二人の特徴も伝わっており、特にリッコの場合はイジーガ村だけではなく立ち寄った全ての街で声を掛けられるほど有名だったこともあり、特徴からリッコだと特定されている事が多かったのだ。
「どこに行っても求められるのは包丁だったもんねー」
「作れば作るだけ売れていたからな」
「どうして途中で値上げしなかったの? 200ゼンスは安すぎない?」
イジーガ村でも言われた事だが、販売価格200ゼンスはどこに行っても主婦たちから安いと驚きの声をいただいていた。
元手がそこまで掛かっていないので儲けは出ており問題ないと思っていたのだが、リッコからも指摘を受けたので自分の考えを口にする事にした。
「俺はワーグスタッド騎士爵領ではよそ者だからな。少しでも領民に貢献しておけば、いざ店を持つとなった時に贔屓にしてくれそうだろ?」
「……カナタ君、そんな事まで考えていたの?」
「カナタ個人としてやっていくには、小さな事からコツコツと積み上げていかないといけないだろう?」
カナタ・ブレイドというブレイド伯爵家の名前はもうない。
錬金鍛冶師カナタとして成功を掴むため、すでに動き始めていた。
「という事で、まずはスライナーダの鍛冶事情を調査しないといけないな!」
「言っておくけど、カナタ君が思っているような事はないと思うわよ?」
「なんで? 鍛冶師が少ないとはいえ、ここにはいるんだろ? 負けないようにしないとだろ!」
「……負けないようにねぇ」
何やら意味深な言葉を残したリッコの隣に並び歩いていると、丘を越えた先で中心都市を見下ろせる場所にやって来た。
「……おぉ……おぉお? ……あれが、中心都市なのか?」
カナタの言葉には多大な疑問が含まれていた。
中心都市と聞いて大都市をイメージしていたからなのだが、そこに見えたのはイジーガ村よりは多少広い程度の拙い外壁に囲まれた小さな村だったからだ。
「驚いたかしら?」
「……じゃあ、やっぱりあれば?」
「そうよ。あれが我らがワーグスタッド騎士爵領の中心都市、スライナーダなの」
「……小さくないか?」
「だって、貧乏騎士爵の領地よ? ガッカリしたかしら?」
予想外ではあったものの、カナタの中に落胆の二文字は存在していなかった。
「……いいや。俺が成り上がるには、十分な場所だと思うよ」
「まあ、すでに一番だからワーグスタッド騎士爵領での成り上がりは保証されたようなものだけどね」
「いや、鍛冶師の実力や作品を見ないうちにそれはないだろう」
「あの状況を見て、まだそれを言えるんだからカナタ君は本当に真面目だねぇ」
カナタとしては大真面目なのだが、リッコは呆れてしまっている。
追い出された身なので仕方ないのかもしれないが、もっと自信を持ってもいいのではないかとも考えていた。
「……なあ、リッコ。中央に見えるでかい建物、あれは何なんだ?」
カナタの目を引いたのは、外壁を超える高さでそびえ立つスライナーダの中心にある三階建ての建物だ。
「やっぱり目についた? あれは各種ギルドが一つにまとめられた建物で、通称ギルドビルよ」
「ギルド、ビル? でも、ギルドって各々で別の組織じゃなかったっけ?」
地域によって細かく分かれているギルドだが、全ての地域に存在する有名なギルドで言えば四つの組織が存在している。
冒険者ギルド、職人ギルド、商人ギルド、薬師ギルドの四つだ。
冒険者ギルドはリッコのような冒険者を管理しているギルド。職人ギルドは鍛冶師や錬金術師など、その他職人を管理するギルド。商人ギルドは商売を生業にしている者を管理するギルド。薬師ギルドは薬を作り販売する者を管理するギルドだ。
「そうなんだけど、全てのギルドが土地を所有すると結構な面積が必要になるでしょ? それを危惧した領主様が、一つの建物にまとめちゃおうって言い出したのがきっかけなのよ」
「でも、それだと喧嘩にならないのか? ギルドによっては対立しているところもあるだろうに」
カナタの懸念はもっともで、特に先ほどの四つで言えば商人ギルドと薬師ギルドは対立する事が多い。
販売するなら商人に任せておけと言うのが商人ギルドで、薬の取り扱いに薬師は必要不可欠と反発しているのが薬師ギルドだ。
互いに協力できれば一番なのだが、それができない地域が多く基本的にはギルド支部を置くにも離れた場所に設置する事が多い。
「そこは地域色が出ちゃうわね。言っておくけど、スライナーダのギルドで対立しているところは少ないわよ?」
「商人ギルドと薬師ギルドも?」
「えぇ。むしろ、ワーグスタッド騎士爵領の薬師たちは薬を作って管理する事には長けているんだけど、仕入れ値とかには無頓着だし販売価格も適当に決めちゃう事もあるから、商人ギルドの協力がないと赤字続きで大変な事になっちゃうわね」
「……どんなギルドだよ、それ」
呆れてものが言えないカナタだったが、協力してギルド運営を軌道に乗せているのであれば素晴らしい事だとも思っていた。
「同じ建物に入っているから外に出る事もないし、商談するにも専用スペースがあるから秘密も守られる」
「そう言われると、最高の環境なんだな」
「そうなのよ! それなのに、それなのに! ……職人ギルドには人が集まらないのよねええぇぇぇぇ……はぁ」
何故か最後はため息で締めくくられた会話だったが、気づけばスライナーダの門の前まで辿り着いていた。
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