第30話:ライルグッド・アールウェイ
「……さて、おかしな事だ。ここに並ぶ四本の剣は、今年と三年前と六年前と九年前の剣である。全く同じように見えるのはどうしてかな?」
「……そ、それは」
「ブレイド伯爵よ。お主まさか、我に対して虚言を吐いているわけではあるまいな?」
「め、滅相もございません! そのような事は決して!」
「では、説明してくれるな? ここに並ぶ四本の剣が全く同じに見える事を。ブレイド伯爵でなくとも、その子弟で説明できる者がいれば口を開く事を許すぞ?」
追い詰められたと、ヤールスは感じていた。
どうして自分の代になってこのような事が起きてしまったのかと頭の中が真っ白になっていく。それはユセフたちも同様であり、口を開く事ができない。
しばらく様子を見ていたライルグッドだったが、時間の無駄だと分かったのか大きなため息を付くと護衛騎士に声を掛けて踵を返す。
「戻るぞ」
「お、お待ちください、殿下!」
「黙れ! 貴様、無礼であるぞ!」
「ブレイド伯爵家は勇者様の剣を打った鍛冶師の名門にございます! どうか、どうかご慈悲を!」
「ならん! 貴様は私だけではなく、剣を献上した時点で陛下すらも騙した罪を犯している! 沙汰は追って知らせるので、しばらくこの都市から外出しないよう……ん?」
怒声を響かせていたライルグッドだったが、その目が気になるものを見つけて口を閉ざす。
そして、護衛騎士に耳打ちすると、騎士は歩き出して鍛冶場の屑鉄の山に近づいていく。
いったい何がとヤールスたちが見ていると、騎士が手にしたものを見てさらに顔を青ざめていた。
「そ、それは!」
「ブレイド伯爵。これはなんだ?」
「そ、それは、不出来な息子が鍛冶とは異なる方法で作り出したなまくらでございます! 決して我々は関わっておりません!」
「……なまくら? これがか?」
「……は?」
「これを作った者は誰か!」
騎士から受け取ったナイフを握りしめ声高にそう問い掛けたライルグッドだったが、当然ながら誰も答えない。
苛立ちを表情に出しながらヤールスを睨みつける。
「誰だ?」
「ご、五男のカナタにございます! ですが、すでに勘当しておりここにはおりません!」
「……なんだと?」
目を見開いて声のトーンが一つ下がる。ヤールスはライルグッドが放つ殺気を真正面から受ける形になっていた。
「ひいっ!? も、申し訳ございません!」
「……急ぎ陛下に報告だ。戻るぞ!」
「「はっ!」」
「お、お待ちください殿下! 殿下、殿下ああああああああぁぁっ!!」
どのような沙汰が下されるかは分からない。しかし、ヤールスは自分を取り巻く状況が最悪の方向へ舵を切った事を理解せざるを得なかった。
一方で馬車に戻り急ぎ王都へと引き返しているライルグッドだが、今回は馬車の中に先頭を進んでいた銀髪の護衛騎士も同乗している。
「……このナイフをどう見る? アルフォンス」
「ただの鉄から作られたものとしては最高の出来だと思います、殿下」
二人の見解は一致しており、そのナイフを作り出したカナタを勘当したというヤールスには呆れを通り越して怒りすら感じていた。
「であるな。それをなまくらだと言い切ったブレイド伯爵はダメだ。そして、並んでいた粗悪品の素材を素晴らしいと抜かした次期当主もな。陛下に進言して、降格させるべきだろう」
「それは甘いのでは? 爵位剥奪でも良いと思いますが?」
「俺もそうしたいが、そうなるとブレイド伯爵領の領民が苦しむ事になる。さすがにそれはマズい。まあ、あの男に領地運営が上手くできるのかどうかも怪しいところだがな」
最悪の場合は爵位剥奪もあり得るかもと思いながらも、決定を下すのは陛下でありライルグッドがどうこう考える事ではない。
そして、今考えるべきはカナタの行方でもあった。
「まずはブレイド伯爵領を探索する。そこで見つからなければ隣領であるノルビル伯爵領、ハーマイル子爵領、スピルド男爵領、ワグネル騎士爵領を探すぞ」
「見つかるでしょうか?」
「絶対に見つける。もしかすると、陛下が探している人物である可能性も高いのだからな。陛下もきっと同じように言うだろう」
最悪の可能性はカナタが国を出ている、もしくは魔獣に殺されている場合だ。
そうならないよう、ライルグッドは最速で王都へと戻り陛下に報告を行う。それと同時に護衛を減らしてまでブレイド伯爵領の探索を今から始めていた。
「……無事でいてくれよ、カナタ・ブレイド」
抜身のナイフを見つめながら、ライルグッドはそう口にする事しかできなかった。
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