第29話:目指すはスライナーダ
じっくり休み、出発の日の朝になった。
「もう少しゆっくりして行ってもいいんだよ?」
「俺はなるべく多くの場所で活躍したいんです。ワーグスタッド騎士爵領限定ですけどね」
「カナタ君なら大丈夫だよ!」
「そうだね! あたいが保証してあげるよ!」
何を保証するのだろうかと疑問に思わないでもなかったが、自分が認められたと思えば気分は上々である。
簡単な挨拶の後に冒険者ギルドを出ると、そこには村の人々が見送りにやってきていた。
「おぉ。リッコ、ずいぶん有名人なんだな」
「……これ、私の見送りじゃないわよ?」
「え? あれ、市場のおばあさん?」
見送りの人々の先頭には市場でボタ山を購入した老婆が杖を突いて立っていた。
「素晴らしい包丁をありがとうね」
「俺も稼がせてもらいましたし、お互い様ですよ」
「また来てちょうだいね!」
「今度はカマやクワもよろしく頼むぜ!」
「ついでにリッコもまた来いよ!」
「私はついでかい!」
リッコのツッコミに大きな笑いが巻き起こる。
まさか自分のために多くの人が朝早くから集まってくれたのかとカナタは驚いている。
「あんたにとっては稼ぐためだったり力の検証だったかもしれないけど、あたいたちにとってはすごくありがたい事だったんだよ」
「……はい」
「自信を持ってスライナーダでも暴れてきなよ!」
「……程々にやりたいと思います」
「謙虚だねー! まあ、そこがあんたの良いところなのかもしれないね!」
バンッと背中を叩かれて非常に痛かったが、今のカナタにはその痛みも心地よく感じられていたのだった。
◆◇◆◇
ブレイド伯爵の館にはこの日、家族全員が集まっている。
というのも、ついに殿下が王都からブレイド伯爵領へ視察に訪れるからだ。
アクシデントがあったものの、ヤールスは今できる完璧な準備を行ったと自信を持っていた。
「……来たぞ」
都市の門の前で出迎えようと待っていたヤールスの声に、全員が背筋を伸ばして街道の先へ視線を送る。
白銀に輝く鎧を身に纏った護衛の騎士を先頭に一台の馬車を囲むような陣形を取っている。
赤と青を基調にして彩られた豪奢な馬車にはアールウェイ王国の国旗が左右の壁面に刻まれていた。
一行が門の前に到着すると、ヤールスは先頭を進む銀髪の護衛騎士に仰々しい挨拶を行った。
「遠く直轄領からお越しいただき誠にありがとうございます! わたくしはブレイド家当主、ヤールス・ブレイドと――」
「このような場所での挨拶は他の者の迷惑となろう。挨拶は館の方でお願いできるだろうか?」
挨拶の途中で護衛騎士がそのように告げると、ヤールスは出鼻をくじかれてやや表情を引きつらせたが何とか持ち直し、言われた通りに館の方へと案内する。
そして、館に到着して改めて挨拶をと思っていたのだが、そこを再び護衛騎士が遮った。
「ヤールス・ブレイド伯爵。挨拶はすでに終えていますので必要ございません。殿下、どうぞ」
片方の口端をピクピクさせながら殿下を迎え入れる。
日の光を浴びて輝きを増す金髪を揺らしながら馬車を降りてきた殿下は、その顔に笑みを貼り付けて口を開いた。
「久しいな、ブレイド伯爵」
「お久しぶりでございます、ライルグッド殿下」
「前回の視察は三年前だったか?」
「さようでございます。立ち話もなんですので、ぜひとも中へ。最高級の茶葉と我が領の菓子をご用意して――」
「よい。早速視察を始めようか。鍛冶場に案内してくれるか?」
「……か、かしこまりました。こちらでございます」
内心では若造がと思わなくもないが、立場はライルグッドの方が遥かに上なので何とか笑みを保ちながら案内する。
ラミアはいつでもお茶を出せるようにと台所へ移動し、長男以下はヤールスについていく。
そこで鍛冶場を眺めているライルグッドを壁際から見つめていたのだが、隣で素材の説明をしているヤールスではなく不意に壁際の兄弟たちに声を掛けてきた。
「そなたが長男のユセフ殿であったか?」
「は、はい! さようでございます、殿下!」
「そなたから見て、この素材はどのように見える?」
まさか出来損ないのユセフに質問が飛んでくるとは思わず、ヤールスはライルグッドの後頭部を見ながら顔を青ざめている。
「とても素晴らしい素材だと思います! 何せ、ブレイド伯爵家当主である父上が選んだ素材ですから!」
「そうか……ふむ、分かった」
だが、質問はその一つのみで素材を棚に戻したライルグッド。
何がしたかったのかと疑問に思いながらも、振り返ったライルグッドには笑みで対応するヤールス。
「して、今年一番の剣はどこにあるか?」
「はっ! こちらにございます!」
ライルグッドの言葉にヤールスは鍛冶場の壁にわざわざ掛けていたザッジの剣を手に取り差し出す。
護衛騎士が手に取ると、それをライルグッドが受け取り見分が始まる。
「……ふむ。ブレイド伯爵」
「はっ!」
「これが今年一番の剣なのか?」
「さ、さようでございます!」
「……三年前と同じように思えるが?」
当然の質問だ。これは全く同じ剣なのだから。
だが、ヤールスは事前に用意していた答えをスラスラと答えていく。
「私は初代様や過去の当主と比べて腕が良いとは思っておりません。ですから、今の実力を維持させていただく事で領民に安定をもたらそうと考えております」
「そのような考え方もあるか。……だが、全く成長が見えないというのはどうかと思うぞ?」
「申し訳ございません。ですが、私にはこれが精いっぱいで――」
「六年前も、九年前も全く同じではなかったか?」
「……は?」
前回の視察でザッジの剣を献上していたヤールスだが、それは前回限りではない。
その前も、さらにその前も同じようにザッジの剣を献上していた。
「ここに、その時の剣がそれぞれ用意してある。では、ブレイド伯爵。これは、全く同じ剣で間違いないか?」
ライルグッドの言葉に合わせたかのように廊下に控えていた別の護衛騎士が鍛冶場に姿を見せると、その手には三振りの剣が握られている。それらが作業台に載せられたのだが、そこには全く同じにしか見えない剣が並んでいた。
「そして、今年の剣がこれだ」
並んだ四本の剣。
それを見ているヤールスの顔からは大量の汗が噴き出しており、拭うハンカチはぐっしょりと濡れていた。
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