第28話:包丁爆売れ

 一本をイメージから作り、残りを同じ作品として量産する。

 すでに日は隠れて夜になっていたのもあるのか、十五本もの包丁を作っても魔力が枯渇する事はなかった。


「……これ、量産する時は魔力を使わないとかないよな?」


 あり得ないと思いながら、そんなあり得ないがあり得る事もあるかもしれない。

 量産に関しての検証は大量の鉄を確保できる時が来なければできないと諦めることにした。


 そして翌日。

 昨日と同じ時間に市場へやって来ると、すでに主婦たちは待ち構えておりカナタの姿を見つけると全員が駆け寄って来た。


「逃げないでリッコ!」

「くっ! 間に合わなかったか!」


 即座に逃げようとしたリッコに腕を掴み二人で待ち構えていると、先頭に立っていた女性が代表して声を掛けてきた。


「今日は何本あるのかしら!」

「えっと、十五本、です」

「今日は十五本よ!」

「購入希望は二十名です!」

「くじ引きをしますよ!」


 昨日の今日で対応がガラリと変わっている。

 不思議に思っていると、こちらに視線を向けている老婆に気づいて忍び足で歩いていく。


「あの、何かしました?」

「えぇ。昨日、あなたが困っているようだったから、希望者が多かった時の対応を考えておきなさいと言っておいたのよ」

「……ありがとうございます」

「いいのよ。私は包丁を頂いちゃったし、これくらいはしないと罰が当たってしまうわ」


 上品に笑う老婆にお礼をしていると、くじ引きで購入者が決まったのか五人の主婦が悔しそうに互いを励まし合っている。

 そのまま一本200ゼンスで販売して終わると、カナタはその五人の主婦に声を掛けた。


「あの、今日の夕方、ここに来れますか?」

「……まさか、まだあるの!?」

「いいえ、今はありません。でも、五本くらいなら材料があればすぐに作れると思うので。明日にはここを出発するかもしれませんし」

「「「「「絶対に来るわ!」」」」」

「……そ、それじゃあ、準備しておきます」

「「「「「ありがとう!」」」」」


 その後、老婆から最後のボタ山も購入して鉄を集めて冒険者ギルドへ直帰してすぐに包丁の錬金鍛冶を行う。

 そして夕方に市場へ戻ると五人の主婦に販売した。


「本当にありがとう!」

「あー、これで料理を作るのが楽しみ!」

「根菜なんかだと力がいるから大変だったのよねー」

「私もよ!」

「みんな一緒よー!」


 主婦たちを見送ると、その場で大きく伸びをしたカナタは夕暮れを見つめる。

 自分の作品が求められて喜んでもらえているという事実を、昨日今日と目の前で見れて嬉しかった。

 ワーグスタッド騎士爵領でなら、自分のような人間でも役に立てるのではないかと僅かではあるが自信を持つ事もできた。


「なーに黄昏ちゃってるのよ!」

「……リッコ。俺は今、自分のこれからを想像しているんだよ」

「これからって、大活躍間違いなしでしょ!」

「包丁ではな。でも、分からない事がまだまだ多いから、現実がどうなるかなんて分からないだろ? だから、想像しているんだ。そこに向かって邁進する、それ以外俺にできる事はないからな」

「真面目なのねー」

「悪いか?」

「……ううん。良いと思う」


 ここでも茶化されると思っていたカナタだが、予想外の真面目な返答に横に立つリッコの横顔を見る。

 同じように夕暮れの方を見ているのだが、視線の先は夕暮れを見ているようには見えない。

 見ている先にあるのは、目的地をしているワーグスタッド騎士爵領の中心都市であるスライナーダだ。


「……明日、出発するか」

「うん。きっと、カナタ君は大活躍できるわ。私が保証してあげる!」

「リッコの保証がどの程度役に立つのか分からないけどな」

「あぁー! 酷いなぁ、カナタ君! これでも凄腕冒険者なんだからね!」

「ワーグスタッド騎士爵領ではだろ?」

「違うわよ! これでもBランクなんだからね!」

「……それ、凄いのか?」


 冒険者ギルドのシステムを理解していないカナタとしてはランクを口にされても理解できなかった。


「……ま、まあ、その辺りは後で説明してあげるわね」

「なるほど。長くなるんなら、外で立ち話は面倒か」

「簡単に説明するなら長くもならないけど、立ち話はどちらにしても面倒でしょ?」

「……面倒くさがりだな」

「うるさいわね! 楽できる時に楽するのが冒険者なのよ!」

「それは冒険者だからではなく、リッコだからなのでは?」

「もう! 早く戻るわよ!」

「はいはい」


 頬を赤く染めながら声をあげるリッコに苦笑を浮かべるカナタ。二人はそのまま冒険者ギルドへと戻っていくのだった。

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