第26話:包丁の使い道
出来上がった包丁を手に取ったローズは困惑から立ち直り驚きの表情を浮かべている。
「……おい、カナタ」
「はい!」
異様な雰囲気を発するローズにカナタは体を緊張させたが、直後にはバンバンと肩を叩かれて大笑いされてしまった。
「あんた! 凄いじゃないか!」
「……えっと、いえ、そんな事は」
「この包丁はなんだい! あたいでも見た事ない方法で作ってたじゃないか!」
「あー……錬金鍛冶って方法です。どうやら、俺には不思議な力があるみたいでして」
「リッコ! 報告はちゃんとしないか!」
「デコピンでぶっ飛ばしたのはそっちでしょうに!」
ナイフを見せただけで錬金鍛冶については全く口にしていなかったリッコに文句を言うローズだったが、リッコも反論した。
「報告とデコピンは別だろうが!」
「もういいわよ! ごめんなさいね!」
だが、二人の関係性なのかローズの性格を知っているからか、リッコは即座に折れて謝罪している。
その様子をただ眺めているだけのカナタだったが、ローズの視線は再びこちらに向いた。
「それでカナタ! こいつをどうするつもりなんだい?」
「えっと、ワーグスタッド騎士爵領には鍛冶師が少ないと聞きました」
「間違いないよ。あたいも包丁は自分で作ったり研いだりしているからね」
「使えればいいと考えている人も多いと思いますが、これを使ってもらって少しで生活が改善できればなって思ったんです」
「え? カナタ君、この包丁ってあげちゃうの?」
驚いたのはリッコだったが、カナタもあげるつもりはない。ただし、包丁で大量に稼ぐつもりでもなかった。
「一本200ゼンスで販売するよ。この調子ならあと10本くらいは作れそうだし、全部売れたら1000ゼンスの儲けになるからな」
「さっきのペースで作れるなら問題ないと思うけど、魔力は大丈夫なの?」
リッコの心配はもっともだった。
パルオレンジで一度倒れている姿を目の前で見ているので仕方ないものの、そこはカナタも考えている。
「作れなければしばらく休めばいいだけだろ? それに、これは検証も兼ねているからな」
「検証?」
「あぁ。一番最初に錬金鍛冶を行ったのが、手にした作品と全く同じものを作った時なんだ。だったら、この包丁でも同じことができると思ったんだよ」
「魔力の問題は?」
「ここからが検証。イメージして作るよりも、あるものと同じに作る方が魔力の消費も抑えられるんじゃないかって考えているんだ」
今あるものと似たものを作るのは簡単だが、全く新しいものを作るには多大な労力が必要となってくる。それは鍛冶だけではなく他の職でも同じ事だろう。
ならば、消費される魔力だって異なるのではないかとカナタは考えた。
「とりあえず今日は一本ずつイメージして作ってみる。魔力の枯渇を感じたら止めるつもりだ。休憩して疲れが抜けたら再開させるけど、今度は同じ作品を作るようにして錬金鍛冶を行う」
「なるほどね。疲労度合いを見て、魔力の消費量を測ろうって魂胆かい」
「そんな感じです。俺もこの力の事を知ってまだ数日ですし、見た事も聞いた事もない力ですから、自分の体で検証するしかないんですよ」
素材の種類や量、イメージする作品の緻密さ、そしてイメージで作るのか同じものを作るのか。
様々な要因が絡み合って魔力消費量が決定するのであれば、錬金鍛冶師として生きていくために一番大事なものが魔力だと理解できる。
少ない魔力をいかに節約して多くの作品を作る事ができるか、そこが大事になってくるとカナタは考えた。
「なら、私が一本は購入しようかね」
「え! い、いいんですか?」
「もちろんさね! これがあれば、料理も楽になりそうだよ!」
「……そんなに切れない包丁を使ってたんですか?」
「初心者が作った包丁だよ? そんなもん、切れるわけがないじゃないか」
当たり前のように口にするローズだったが、当り前がブレイド伯爵領とワーグスタッド騎士爵領では大きく異なり驚いてしまう。
鍛冶師が豊富だったブレイド伯爵領では刃物類はより良いものを使うというのが常識であり、一種の格付けのようなものになっていた。
だが、ワーグスタッド騎士爵領では使えれば問題なく、良い刃物を持っていたところで料理が楽になる程度にしか考えていない。
「……でも、それくらいがちょうどいいのかもしれないな」
当たり前が当たり前でなくなるが、その当たり前のせいでカナタは勘当を言い渡されたと言っても過言ではない。
今では勘当された事に感謝しかしていないが、当時は腕が悪いと言われて悔しさを滲ませたものだ。
(あんな言われようは、一回で十分だからな)
ワーグスタッド騎士爵領での包丁の立ち位置が変わる事のないよう祈りつつ、少しでも生活環境を改善できるように取り組んでいきたい。
(これからワーグスタッド騎士爵領でお世話になるかもしれないんだから、足を運んだところくらいでは役に立っておきたいし)
思い付きで始めたこの行動が、後にワーグスタッド騎士爵領の料理発展につながることになるとは、今のカナタは知る由もなかった。
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