第23話:イジーガ村

 カナタたちがやって来たのは、領境に一番近い村であるイジーガ村。

 やはりと言うか、農業を主にしている村なのだが冒険者ギルドの支部がある。

 これは他領だとあまりない事だった。


「冒険者ギルドとは言っても、管理は各領主が行っているのよ。だから、稼ぎの少なそうな場所には人里があっても支部を置かない場合もあるわね」

「なら、どうしてイジーガ村には支部があるだ?」

「領境から近い村ってのも理由の一つなんだろうけど、ここの領主様は少しでも働き口を増やそうと多くの村に支部を設立しているのよね」

「……いや、働き口があっても仕事にならなかったら意味なくないか?」

「その辺りもしっかりと調査して、支部を置いて問題なさそうなところには積極的に置いているって感じかしらね」


 冒険者としては支部が多いからこそ魔獣素材の買取りが様々な場所でできるからありがたいものの、やはり人が少ない場所では領地としては稼ぎにならない。

 ワーグスタッド騎士爵領の領主は多少の損くらいなら気にすることなく支部を設立している。


「これも、人の流れを作るためなのか?」

「そんなものね。一度冒険者ギルドに顔を出すけど、一緒に行く?」

「……そうだな。まだ行ったことがないし、一度行ってみるか」


 二つの領地では時間もないという事でカナタは邪魔になるからと遠慮していた。

 だが、ワーグスタッド騎士爵領に入ってしまえば時間は膨大にあるので少しくらいは見て回ろうかと考えたのだ。


「ここの受付嬢とは知り合いだから、紹介してあげるわね!」


 意気揚々と歩き出したリッコについていき、二人はイジーガ村の冒険者ギルドに到着した。

 今まで見てきたギルドと比べると少しばかり寂れているように見えなくもないが、農業が盛んな小さな村にあるギルドなので仕方がないのかもしれない。

 リッコが両開きの扉を押し開けると――


「びぎゃっ!?」

「うええええええええぇぇっ!?」


 何故かデコピンをされて後方に飛んでいくリッコが目の前を通り過ぎていく。

 何が起きたのか理解できず、カナタはリッコが飛んでいった先から視線をゆっくりと冒険者ギルドの方へ向けた。


「リッコオオオオォォッ! 帰って来たなら報告しないかああああっ!」


 その報告に来たのでは? と思わないでないカナタだったが、冒険者の都合など分からないのだから口を挟むのはダメだと思い何も言わなかったが、目の前のやり取りが異常ではないかと考える思考は残っていた。


「……あん? なんだい、あんたは? リッコの連れかい?」

「ひゃ、ひゃい! そうです!」

「うーん? ……こーんなひよっこを連れてきて、あんたは何をするつもりだい? こら、リッコ! 返事をしないか!」


 横暴な態度を見せているのは大柄で筋骨隆々の肉体を誇る黒髪の女性である。

 飛ばされたリッコを見下ろす視線は非常に怖く、カナタが口を挟む事はできなかった。


「へ、返事をする前にぶっ飛ばしたのっはあんただろうが! この――暴力受付嬢が!」

「…………え、ええええええええぇぇっ!?」

「なんだい! あたいが受付嬢だったらマズいとでも言いたいのかい!」

「いえ、なんでもありません」


 ギロリと睨まれた途端、カナタは心を無にして我関せずを決め込むことにした。


「ったく。それで、リッコ。このひよっこは何なんだい?」

「聞いて驚け! なんと、凄腕鍛冶師なのよ!」

「……はああああぁぁ? こんなひよっこが、凄腕鍛冶師だって?」

「あは、あははー。……それは俺も驚きの事実ですねー」


 リッコの言葉に疑いの眼差しを向ける受付嬢のおばちゃんに、カナタは視線を逸らせてぶつぶつ呟く。

 とはいえ、冒険者ギルドの入口前でやり取りするには人目も多い事からおばちゃんはため息を付きながら中へ案内してくれた。


「あたいは冒険者ギルドのイジーガ村支部で受付嬢兼ギルマスのローズさね!」

「ど、どうも、初めまして。カナタと言います」

「それで、凄腕鍛冶師ってのは本当なのかい?」

「いえ、凄腕ではありません。普通より腕の悪い鍛冶師です」

「ちょっとリッコ! どうなってんのよ!」


 怒涛の質問にカナタは怯えたように答えている。

 このままでは埒が明かないと思ったのか、ローズは標的をリッコに変更した。


「まあ、鍛冶師ではないか。でもね? このナイフ、凄いと思わない?」


 そう口にしてリッコが取り出したのは、鉄屑だけで作りお礼としてカナタが渡したナイフだった。


「このナイフがどうかした……って……意匠もないナイフなのに、この出来はなんだい?」


 一流の鍛冶師として認められた証の意匠が刻まれていない作品は総じて見習い鍛冶師の作品とみなされる。

 だが、中には見習いの作品でも良い出来で仕上がる事もあるが、目の前のナイフは単純に出来が良いで片付けていいような仕上がりではなかった。


「……ひよっこ」

「ひゃい!?」

「これ、あんたが作ったのかい?」

「……えっと、それは」

「どうなんだい!」

「つ、作りました! 俺が作って、リッコにお礼としてあげました! 許してください!」

「カナタ、なんで謝ったの?」


 取って食われるかと言わんばかりの迫力に思わず謝罪を口にしてしまったカナタだったが、そんな事はローズに関係などなかった。

 ローズの意識は完全にナイフに入り込んでいたからだ。


「……くくく、これは確かに、リッコが戻ってくる価値のある人材だねぇ」

「でしょう? というわけで、一日休んだら中心都市スライナーダまで向かうからさ!」

「あいよ! ひよっこ……じゃないね。カナタだっけかい?」

「は、はい! そうです!」


 いまだに緊張しているカナタの肩を軽く叩いたローズが快活に笑う。


「リッコの事、よろしく頼むよ!」

「……は、はぁ」


 何故か頼むと言われてしまい戸惑いながらも、作品を認められたことにホッとしたカナタなのだった。

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