第22話:ワーグスタッド騎士爵領

 ブレイド伯爵領とスピルド男爵領を比べても大きな違いを見つけきれなかったカナタだが、二つの領地とワーグスタッド騎士爵領を比べると大きな違いが存在していた。それは――


「のどかですねー」

「まあねー。ワーグスタッド騎士爵様は貧乏貴族で有名だしー、領境近くなんてほとんどが農業を生業としている小さな村がほとんどだものねー」


 のんびりと街道を進み、周囲の風景を見ては和んでいた。

 二つの領地はどこか貴族として成功しているのだと見せるために無駄に豪奢な領主の別荘があったり、小さくとも田舎の村にまで領主の銅像が立っていたりしていた。

 だが、ワーグスタッド騎士爵領にそのようなものはない。領主が視察を行う際は村の宿屋に泊まって他の客と同様に生活を送るからだ。

 ワーグスタッド騎士爵家が元々は平民から武勲を上げて成り上がった貴族であり、だからこそ無駄な浪費を抑えては領民に還元できるよう働きかけている。


「なるほどねー。自分が宿屋に泊まるのも、そこにお金を落とすためなんだなー」

「そういう時だけは豪快にお金を使う人なのよー。酒場に行けば全員分の代金を奢ったりー? 子供たちにお菓子を配ったりー? まあ、領民からは尊敬されている領主様ねー」

「……リッコも尊敬しているのか?」


 手放しに領主を褒めているリッコを見てカナタがそう口にすると、リッコは恥ずかしそうにしながらも首を横に振った。


「……ま、まあねー! 私も領主様には助けてもらったことがあるし、恩があるのよー!」

「って事は、俺は恩を返すために選ばれた生贄って事か?」

「ち、違うわよ! まあ、違くはないかもしれないけど、違うわ! 単純に、カナタ君の才能がブレイド伯爵領で潰れていくのが惜しいって思ったのよ!」

「はいはい、分かりましたよ。まあ、そう言ってもらえると俺も嬉しいかな」


 自分には才能などないと思っていた。

 事実、鍛冶師としての才能はなかったのだが、錬金鍛冶という謎の才能を開花させる事はできた。

 だが、才能を開花させただけでは成功したとは言えない。その才能を活かせてこそ、成功したと言えるのだ。


「俺に何ができるのかは分からないけど、ワーグスタッド騎士爵領でやれる事をやるだけだな」

「その意気よ! それにね、カナタ君。君にも朗報があるのよ?」

「朗報?」


 何やらニヤニヤしながらそう口にしてきたリッコに若干引き気味のカナタだったが、口にされた朗報はカナタにとって確かにありがたい内容だった。


「ワーグスタッド騎士爵領にはね、未開発の鉱山が大量にあるのよ!」

「まさか! ……未開発の鉱山なんて、あるはずがない!」

「それがあるんだなー。……まあ、危険な場所にあるからって条件付きの鉱山なんだけどねー」


 リッコの言葉を聞いて、カナタはハッとした。

 ワーグスタッド騎士爵領はアールウェイ王国に最西端に位置しており、さらに西には確かに大きな山脈が存在している。

 そこを強力な魔獣が縄張りとしており、そのせいで縄張り一帯は全くの手つかずになっているという事を思い出したのだ。


「元々、武勲を上げて成り上がった騎士爵家だからね。その武勲をさらに高めて鉱山の開発をしろって話だったんだけど、それがなかなか上手くいっていないのよ」

「そこの開発が上手く進めば、大量の鉱石が手に入るって事か?」

「そういう事! そこで力になれるのが、カナタ君の錬金鍛冶ってわけ!」


 ワーグスタッド騎士爵家が領地開拓に失敗した理由、それをリッコは上質な武器が回ってこない事だと指摘した。


「ブレイド伯爵領からもスピルド男爵領からも、他の領地もそうだけど、他領に上質な武器を流す事をしなかったのよ」

「なら、自領で作れば良いんじゃないか?」

「そう考えるのが鍛冶師を大量に抱えている領地の人間の考えね」

「……まさか、ワーグスタッド騎士爵領には鍛冶師が少ないのか?」

「それはもう、とっても少ないわね! 驚くくらいに!」


 そのせいもあり、一般家庭で使われる刃物類は過去に鍛冶の真似事をしたことがある者が作った物を使っているくらいに人材不足であった。


「もちろん領都とかに行けばいるんだけど、そこの鍛冶師も他領で出来損ないと言われた人間だったりするし、腕前はそこまで高くない。だから、自領で武器を作ろうにも他領と比べるとやっぱり質は落ちちゃうのよ」


 そんな状況が知られているからこそ、他領に買い付けに行こうものなら足元を見られて大金を請求されたり、そこまで質の良いものでなくても良いものだと言われてしまったり、面倒が多かった。


「だが、俺一人じゃあ供給できる数に限界があるぞ? 鍛冶師としての腕前はそこまで高くないしな」

「まあ、そこのところは開拓が上手くいけば何とかなるって! 山脈から鉱石が採れると分かれば人が集まるだろうし、お金だって入ってくるもの!」


 人の流れを生み出せれば勝機はあるとリッコは考えていた。


「……まあ、俺にそこまで期待はするなよ? パルオレンジでも言ったが、検証がほとんどできてない力なんだからな?」

「ここでたくさん検証したらいいのよ!」

「……そういう事にしておくか」


 領境を超えるまでの疲れはどこに行ったのか、カナタは軽い足取りでリッコの背中を追い歩いていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る