第21話:スピルド男爵領

 リッコが予想した通り、スピルド男爵領へ入るまでに要した期間は二日。

 現在、カナタたちはブレイド伯爵領とスピルド男爵領の領境に近い場所で野営を行っていた。


「治めている貴族が違うとはいえ、地続きなわけだし何も変わらないな」

「そりゃそうよ。それにブレイド伯爵とスピルド男爵は金で繋がっているわけで、領地運営も自分大事でそこまで変わらないと思うしねー」

「まあ、言われてみるとそうかもな。あのクソ親父、自分の鍛冶の腕を棚に上げて俺に文句ばかり言ってたからな。……まあ、鍛冶の腕はどっこいどっこいだったけど」


 錬金鍛冶が上手くいったから良かったものの、実際の鍛冶師としての腕はカナタもヤールスもそこまでの差はない。わずかにカナタの方が腕は良かったかもしれないが。


「そうそう、カナタ君が仕入れにも顔を出してたんでしょう? 大丈夫なのかしら、ブレイド伯爵家は?」

「仕入れ担当の使用人には色々と教えながらやってたから大丈夫じゃないかな? そういえば、仕入れの商人が来るのも追い出された次の日とか、その次の日だったかも?」


 商人が出入りする日付もある程度覚えていたカナタは少しばかり家の事を考えたものの、すでに自分はブレイド伯爵家の人間ではないと思い直してスピルド男爵領でどうするかに目を向けた。


「なるべく、スピルド男爵領はさっさと抜けたいな」

「そうよねー。変にカナタ君が活躍しちゃったら、スピルド男爵の耳にも入るかもしれないし」

「それは避けたいな。だけど、金も増やさないといけないし、どうしたもんかなぁ」


 20000ゼンスあったお金も、関所を通るために5000ゼンスも取られてしまった。

 まさか関所を通るだけで5000ゼンスも取られるとは思っておらず、カナタは改めてパルオレンジで剣を売っておいてよかったとホッとしている。


「確かにねー。聞いた話だと、スピルド男爵領の街の宿屋は結構お高いみたいだし、できれば野営で凌いでいきたいわね」

「魔獣を狩りながら進みます? まあ、俺の金が増えるわけじゃないけど」

「そういう事は言わなーい! 相談して決めたでしょうに。お互いのお金は共有しましょうってね!」


 ここまでの道中でリッコが提案してきた。

 20000ゼンス持っていたカナタだが、お金を増やす手段が錬金鍛冶で作った作品を売る方法しか持っていない。

 対して、リッコは冒険者なので魔獣を狩って素材を持ち込めばお金を手にすることができるし、そもそものお金もリッコの方が持っており30000ゼンスも持っていた。

 ただし、リッコのお金は地道に貯めてきたものであり、一気に稼げるものではない。対してカナタの作品は一気に大金に化ける可能性を秘めている。

 メリットとデメリットの両方を説明したうえでリッコは提案し、それにカナタも乗っていたのだ。


「そうだけどさぁ。……それじゃあ、パルオレンジの時みたいに鉱石を買って、それで錬金鍛冶を行ってギルドオークションにかけるとか?」

「ダーメ!」


 カナタもお金を稼ぎたいと提案したが、何故かリッコに反対されてしまう。


「どうしてだ?」

「スピルド男爵はブレイド伯爵に比べてお金がないの。だから関所で掛かるお金も結構な値段になっているんだけど、一番の収入源が冒険者ギルドで買い取った素材にあるのよ」

「そうなのか?」

「まあ、同業に聞いた話だけどね。だから、スピルド男爵領の冒険者ギルドで派手なことをすると、男爵の耳に入る可能性があるからダーメ!」

「……そっか。難しいなぁ」


 結局、スピルド男爵領でのカナタはほとんどやる事がなく、お金に関してもリッコに頼る場面が多くなってしまった。

 立ち寄る街でも宿は取らずに必要最低限の物資を購入し、すぐに街を出て安全なところで野営をする。そんな事を繰り返しながらさらに西へと進んでいった。


 そして、スピルド男爵領に入ってから三日が経ち、手持ちのお金も二人合わせて20000ゼンスに減った頃――ようやくワーグスタッド騎士爵領に通じる関所が見えてきた。


「……な、長かった」

「いやー! なかなかの強行軍だったわねー!」

「……その割に、リッコは元気だな」

「冒険者だし? これくらい慣れっこって言うか? 普通だしねー!」


 リッコは肉体労働に近いことを生業としている冒険者。

 カナタは腕のない父親から鍛冶を習っていた鍛冶師見習い。

 毎日のように鍛冶場で鎚を振るってきたのだから体力には自信があったものの、日常的に動いている頻度が明らかに違っていた。

 背筋を伸ばしてぴんぴんしているリッコに対して、カナタは両膝に両手を置いてぜえぜえと呼吸をしている。


「とはいえ、これだけの強行軍をしたからこそ、すぐにワーグスタッド騎士爵領に入れるのよ! だから背筋を伸ばしなさい!」

「いったあっ!? ……せ、背中が、痛いぃぃ」


 バチンと背中を叩かれてしまい、カナタはピンと背筋を伸ばす。


「……ん? すぐにワーグスタッド騎士爵領に入れるって、どういう意味だ?」

「ブレイド伯爵領とスピルド男爵領の関所で一人5000ゼンスを支払ったのは覚えているでしょう?」

「あ、あぁ。結構な額だったからな」

「スピルド男爵領とワーグスタッド騎士爵領の関所では、一人10000ゼンス取られるのよ」

「……はあっ!? い、10000ゼンス!!」


 予想以上の金額にカナタは驚愕したが、それでリッコの言葉の意味を理解した。


「い、一度でも宿屋に泊まってたら、足りなかったのか」

「一応、ちゃんと計算しながらここまで来たけど、宿屋に泊まってたらここまでの三日間は相当質素な生活になってたかもねー」


 贅沢なんてお金に余裕のない時はするものではない、そう心に決めたカナタだった。


「というわけで、さっさと関所を超えてワーグスタッド騎士爵領に入りましょう!」

「そ、そうだな。そしたら……あれ? 俺たち、一文無しになる?」

「まずは私が冒険者として稼ぎ! カナタ君が錬金鍛冶で稼ぐ! これで問題なーし!」


 そう上手くいくのかと思いながらも、二人は合計20000ゼンスを支払いワーグスタッド騎士爵領に到着したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る