第20話:目指すはスピルド男爵領

 翌日の早朝、カナタとリッコはパルオレンジの門の前にやってきていた。

 まだ眠そうにしているリッコは昨日の夜、なかなか寝付けずにいたせいで寝不足である。


「まだ気にしてたのか?」

「そりゃそうだよ! 倍以上の金額をドブに捨てたようなものなのよ!」

「ま、まあまあ」

「はああぁぁぁぁ。道中の金を私が出すって無理を通しておけばよかったわ」

「過ぎた事を気にしても仕方ないだろうに。それよりも、さっさとブレイド伯爵領を出てスピルド男爵領、そしてワーグスタッド騎士爵領に行こうぜ!」

「……まあ、確かに過ぎた事だものねぇ。……はああぁぁぁぁ」


 朝早いというのに何度目になるかというため息を付き、ようやくリッコも気持ちを切り替えた。


「それじゃあ、目指すは西! まずはスピルド男爵領!」

「そこから一気にワーグスタッド騎士爵領だな!」


 スピルド男爵領にはあまり滞在しない事を目標として掲げた二人は、一路西へと進んで歩き出したのだった。


 ◆◇◆◇


 カナタたちがスピルド男爵領を目指している一方で、ブレイド伯爵であるヤールスは頭を抱えていた。

 その理由は先日、使えない使用人が大量に購入してしまった粗悪品ばかりが入った木箱にある。

 五日後には殿下が視察に来るのだが、そこに粗悪な鉱石ばかりが並んでいたら何を言われるか分からないのだ。


「くそっ! ……今からこれを処分するか? だが、鍛冶師の名門である我が館に鍛冶に必要な鉱石が少ないというのも問題だ。今から買い付けるか? しかし、金が……それに、鉱山もすでに廃坑になったものしかないぞ」


 元々は豊富に鉱山を所有していたブレイド伯爵家だったが、過去の当主たちが計画性も無く鉱石を採り尽くした結果、ヤールスの代からは廃坑になるものばかりだった。

 鍛冶師として鍛錬を重ね、少ない採取量で充分な金額を稼ぐことができればこのような事にならなかったはずだが、鍛冶師としての腕が悪い過去の当主たちは鉱石を輸出してお金を稼いでいたのだ。


「どうして私の代にそのツケが回ってくるのだ!」


 自分も似たような事をしていたのだが、その事にまで頭は回っていない。

 ヤールスの頭の中は五日後をどのように乗り切るか、それだけしかなかった。


「……い、今までの視察を思い出せ。作品の提示と、工房の見学。使っている鉱石もその時に見せるんだったな。……よし。ならば、ここにある鉱石から良質なものだけを選別して並べておけば何とかなるか。数が足りないのは、質の良い鉱石しか取り扱っていないとでも言っておけば何とかなるだろう」


 あまりにもずさんな計画であったが、今のヤールスにはこれくらいの事しか考えられなかった。


「選別は……ユセフには無理だな。あいつは使えん。ならば……よし、ヨーゼフからローヤンまで、三人を呼ぶしかない!」


 自分ひとりでは不安があると、ヤールスは館を飛び出すとヨーゼフ、ルキア、ローヤンと次男以下が務める鍛冶場に向かい声を掛け、その足で一緒に館へと戻ってきた。

 説明もないまま呼び出された三人としては不満顔だったが、木箱の中身を見てヤールスに呆れかえっていた。


「……父上、これはあなたが?」

「違うわ! 使えん使用人がろくに確認もしないで買い付けおったんだ!」

「はあ? そんなはずはないだろう。今まではちゃんと買い付けていたんだろう?」

「……そいつが言うには、毎回カナタを付き添わせていたらしい」

「……カナタ、目利き、できる?」

「知らん! だが、奴がそう言ったんだ! まあ、そんな事、今はどうでもよい! 今はここから質の良い鉱石を選び、それだけを私の工房に並べるのだ! 選別を手伝え!」

(((そういう事かよ!)))


 1ゼンスにもならない仕事にため息を付く三人だったが、自領の事であり、さらに言えば領主が父親でもあるので断ることもできない。もし殿下の不興を買うことになれば、領地を減らされたり、最悪の場合には爵位が降格する恐れだってある。

 自分たちにも影響があるかもしれないと考えて、三人も必死になって選別作業に付き合うことにした。


「ねえ、父上。こんな大事な時に、ユセフ兄さんはどこに行ったんですか?」

「そうだぜ、親父。俺たちよりも、ユセフ兄貴に声を掛けるべきだろう」

「……同意」

「……あいつが選別なんて作業、できると思うか?」

「「「……」」」


 問い掛けに対してのヤールスの答えを聞き、三人は一言も返すことができなかった。

 そして、四人は丸一日を掛けて鉱石の選別作業を終わらせた。

 しかし、それが完璧であったかどうかは、後に分かる事となる。

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