第19話:売却価格
リッコが飛び出してからもうひと眠りしたカナタだったが、ドアをノックする音で目を覚ますと瞼を擦りながらベッドを下りてドアを開けた。
「おっはよー!」
「……おはよう。まあ、夜中だけどね」
「まあまあ、これでも急いで行ってきたんだから許してちょうだいよ!」
そう口にしたリッコはまだ眠たそうなカナタの目の前にジャラリと音を鳴らした布袋を突き出した。
これがいったい何なのかと寝起きの頭で必死に考えた結果、カナタは目を見開くとリッコの腕を取って中に連れ込んだ。
「ちょっと! ろ、廊下で何してんだよ!」
「カナタ君! ……連れ込むなら、もっと優しく」
「その流れはもう止めろ!」
絶妙に胸を両腕で寄せて妖艶な笑みを浮かべているが、カナタにとっては面倒以外の何ものでもない。盛大なため息を付きながら、リッコに椅子を進めた。
「それで、いくらで売れたの? 5000……いや、銀鉄のあの量だし、7000ゼンスで売れてたらありがたいけど?」
「聞いて驚きなさい! なんと……」
「……なんと?」
「…………20000ゼンスよ!」
「…………は? 冗談だろ? 本当はいくらで売れたんだ?」
予想の倍以上の金額にカナタは白けた表情を浮かべてしまったが、リッコはそれでも自信満々に胸を張っている。
「冗談じゃないわよ! 見なさい、この大量のゼンスを!」
そして、テーブルの上で布袋をひっくり返すと、その中から大量の銅貨や銀貨が零れ落ちてきた。
「どわあっ! ……マ、マジか?」
「マジよ! 目の前に大量のゼンスがあるのよ? 納得しなさいよ!」
「まあ、そうなんだけど……さすがに20000ゼンスは……か、数えていいか?」
「もちろんよ!」
通貨単位のゼンスは銅、銀、金、白金の硬貨で価値が決まっている。
小銅貨一枚が10ゼンス、中銅貨一枚が100ゼンス、大銅貨一枚が1000ゼンスと、各硬貨十枚単位で次に価値の高い硬貨へと変わっていく。
銅、銀の硬貨には小、中、大と三種類があり、金貨には小と大の二種類、白金貨だけは一種類のみとなる。
20000ゼンスであれば小銀貨二枚で事足りるのだが、テーブルには何故か銅貨が大量にあり、銀貨は小銀貨か一枚だけだった。
「……小銀貨一枚、大銅貨五枚に中銅貨四五枚、小銅貨……一二〇枚」
「ほらね! 20000ゼンスあるでしょ?」
「あるけどさぁ……こんなに細かく支払うなんて、絶対に売り先は商人じゃないよね?」
商人であればこのような面倒な支払い方をする事はない。時は金なり、時間を無駄にするような事をしないからだ。
リッコが細かく支払うようお願いしたなら話は分かるが、これから長旅をするのだからかさばる小銅貨ばかりをお願いするのは考えられない。
ならばどこなのかとカナタが考えたところで答えは出てこなかったので、その答えをリッコに尋ねた。
「私は冒険者よ? なら、売り先も同業って事になるわね」
「それじゃあ、同じ冒険者に俺の作品を売ったのか? それも、20000ゼンスって高額で?」
「高額じゃないわよ! もっと大きな街だったらさらに高値で売れたもの」
「……まっさかー」
「そのまさかなのー。冒険者ギルドのオークションにかけさせてもらったんだけど、ここだと20000ゼンスが限界ね。大きな街のギルドオークションなら大金を稼いでいる冒険者も多いし、絶対にもっと稼げたわね! 断言してもいいわ!」
ここまではっきりと言い切ってしまうのだから、自分の作品にはそれなりの価値があったのかもしれないとカナタは思った。
だが、銀鉄を使った剣は市場に流れているものでも10000ゼンス、高くて15000ゼンスが相場のはずで、カナタはどうして20000ゼンスにまでなったのか理解できずにいる。
そして、その疑問に答えたのもリッコだった。
「カナタ君も言ってたでしょ? インゴットに別の素材が混ざっていたかもって。多分、それが原因で高くなったみたいよ?」
「そうなんですか?」
「えぇ。ギルドオークションにかける場合、ギルド就きの鑑定士が商品を鑑定するんだけど、そこで水属性付与と出ていたのよ」
「……はい?」
「それで、その効果が微量の水を生み出す事ができるってやつなの」
微量の水と聞いて、そんなものが役に立つのかと本気で思ってしまったカナタだったが、表情から理解したのかリッコは肩をガシッと掴まえて語り出した。
「とっても重要な事なのよ! 水は生きていくために欠かせないもので、しっかりと準備するけど足りなくなる時が絶対に出てくる! その時に飲み水を確保できるというのは、冒険者にとって非常に重要になってくるのよ!」
「……そ、そうなんだ。でも、飲み水として使える質になっているのか?」
「なっているわよ! それも鑑定済み! だから、ギルドの人にも言われてたもの。本当に良いのか? 大きな支部ならここよりも絶対に高く売れるぞ? ……てね」
遠くを見るように姿勢を変えたリッコを見て、カナタは少しだけ罪悪感を覚えてしまう。
だが、当面のお金を工面する必要もあったわけで、今回は仕方がないと思う事にした。
「まあ、水属性付与はたまたまだったわけだし、気にしたらダメだよな」
「気にするわよ! あれ、絶対に50000ゼンスとか行ってたからね!」
「50000は言い過ぎだって。でもまあ、これだけのお金があれば当分はお金の心配はなさそうだよね」
「……まあ、うん。途中でカナタ君が錬金鍛冶をして同じようにギルドオークションにかければ、むしろプラスになると思う」
「なら、それでいこう。身体も十分に動くようになったし、明日には出発だな」
「……そうね。それじゃあ、私は部屋に戻るから。そのお金はカナタ君のだからね」
「手間賃とかは?」
「……明日考える。今日はもう、何も考えられそうにないから」
そう言ってリッコは自分の部屋へと戻っていった。
結局、剣を作ったカナタは全く気にしていなかったのだが、オークションにかけたリッコは翌日になるまでずっと後悔し続けることになるのだった。
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