第18話:作品の価値

 刀身がやや青みがかった剣は、カナタがイメージした通りの形で存在している。

 自然と手が伸び、その手が柄を握りしめてゆっくりと持ち上げる。


「……重い、ですね」

「そりゃあ、鎚しか握ってこなかったからだろうね。私なんかは簡単に持てちゃうわよ?」

「……リッコ。これは売れますか?」


 ドキドキしながら口にした質問に、リッコはニヤリと笑ってはっきりと告げた。


「売れるわ! それも、元手に使った2000ゼンスを軽く超える金額でね! 私だったら8000……いや、10000ゼンスで買ってもいいわ!」

「そ、そんなにか!?」

「そりゃそうよ! それにこれ、銀鉄以外にも混ざっている気がするのよねー」

「……銀鉄以外?」


 カナタがインゴットを目利きした時には、確かにそれは銀鉄だった。

 まさか、中に銀鉄以外の別の素材が混ざっていたとすれば、それは意図的に混ぜられた可能性が高くなる。


「誰がインゴットを作り出したのか、そこが問題になるな」

「そうね。あのおじいさんたちが錬金術師だったりして?」

「だとしたら、わざわざ損をするような事をしますかね? この仕上がりから見て、絶対に銀鉄よりも良い素材が混ぜられてますよ? 普通に鍛冶をしようと炉にくべたら、どうなるかも分かりませんよ。……あれ?」


 自分で口にしながら違和感を覚えてしまう。

 鉱石にはそれぞれ融点が存在しており、それに合わせて火力を調整することがある。

 銀鉄の場合は1200度前後と言われているが、インゴットに錬金する時点で別の素材が混ざっていればその温度は変わってしまう。

 場合によっては1200度に達した時点で融点ではなく沸点に達してしまい、その質量を減少させてしまう事だってあるのだ。


「……これ、誰かのイタズラとかなら相当質が悪いですよ?」

「だね。それをおじいさんがやったのか、購入した先の相手がやったのかは分からないけどさ」

「聞きに行った方がいいと思う?」

「止めておいた方がいいね。裏露店通りの奴らは結託している事もあるから、文句を付けたら大勢からボコボコにされる可能性もある」

「なら止めておこう。事実は闇の中か。でも、俺にとってはラッキーだったって事にしておこうかな」


 普通の鍛冶だと何が起きるか分からなかった。だが、錬金鍛冶という手法だったから形にできたのかもしれない。そう考えると、不思議と気分は楽になった。


「そうそう、この剣の売り先なんだけどさ」

「どこか当てがあるの?」


 インゴットの追及をしないと分かったからか、リッコが新しい話題を提供してきた。


「いや、当てはないんだけど……ここよりも大きな街で売った方がいいかなって思ってさ」

「そうなのか?」

「あぁ。これほどの剣なら、10000ゼンス以上で買いたいって言う奴もいるはずよ。でも、小さな街だと目にする人が少ないから金額もあまり上がらないのよ」

「それもそうだけど……でもなぁ……」

「どうしたの?」


 リッコの意見に納得できる部分もあったが、カナタはそれでも悩んでいる。その理由は――


「俺、一人前の鍛冶師として認められてないんだよな」


 ここでアールウェイ王国が導入した指定制度がカナタの前に立ちはだかった。

 鍛冶師は作品のどこかに必ず自らの意匠を施している。だが、それが無い場合は全てが見習い鍛冶師の作品だとみなされてしまう。

 見習い鍛冶師の作品であれば、どれだけ質の良い作品であっても安値で買い叩かれる事も少なくはなく、それは大きな街であればあるほど顕著に表れてしまう。


「なるほどねー。うーん、そういう事ならここで売った方がいいのかなー」

「そうかもしれない。見る人が見れば良い出来だってのは分かるけど、商人が相手だと損得で見るのが普通だからな」

「そうよねー、商人だとそうよねー。……そっかー、商人なら、ねー」

「どうしたんだ、リッコ? 変な言い回しをして……って、どうして笑ってるんだ?」


 リッコの言葉が引っ掛かったカナタが振り向くと、リッコはどことなく不敵な笑みを浮かべていた。


「……ねえ、カナタ君。この剣の売り先、私に任せてくれないかしら?」

「リッコに?」

「えぇ。絶対に損はさせないわ! 10000ゼンス以上を確実に手に入れてみせる! だからね!」


 正直、カナタに売り先の当てがあるはずもなく、さらに自分が作ったとなれば師匠は誰だとか聞かれて、答えられなければ盗んできたのかとか疑われる可能性の方が高い気がしている。

 ならば、唯一信頼しているリッコに任せてもいいのではないかと思い始めていた。


「お願い! 私を信じてちょうだい!」

「……分かった。リッコを信じるよ」

「本当! ありがとう、カナタ君!」

「それに、もしリッコが剣を持って逃げたとしたら、それがお礼って事にもなるからな」

「逃げないわよ!」

「あはは! ……信じてるよ、リッコ」

「……当然! それじゃあ、パパっと行ってくるからカナタ君はしっかりと休んでるんだよ!」


 少しだけ頬を赤く染めながら、リッコは照れ隠しのようにさっさと剣を布に包むと、慌てた様子で部屋から出て行ってしまった。

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