第16話:錬金鍛冶の代償

 今までは白い光が放たれるだけ、もしくは同色の光が強く輝く程度だった。

 しかし、今回は青色の光に変わり今までよりも強い光を放って銀鉄の形を変化させていく。

 目を閉じているカナタには分からないかもしれないが、リッコは確かに青色の強い光を見ていた。


「ちょっと! カナタ君、本当に大丈夫なんでしょうね!」

「……」

「カナタ君!」


 錬金鍛冶を行うために思考を深くまで沈めてイメージを構築している今のカナタには、リッコの呼び掛けは聞こえていなかった。

 ゆっくりと、だが確実に形を変えていく銀鉄はさらなる強い光を放っていく。


「も、もう無理いいいいいいいいぃぃっ!」


 ついにリッコも瞼を閉じてしまい、銀鉄がどのように変化しているのかを知る者はいなくなる。

 そこから数秒後、青色の光は徐々に光量を弱めていき、その光を消してしまう。

 しばらくは瞼を閉じていたリッコだったが、光が消えた事に気づくとゆっくりと開いていく。

 そこで見たものは、テーブルの上に置かれている銀鉄製の一振りの剣と――


「カナタ君!」


 テーブルの足元で倒れているカナタの姿だった。


 ◆◇◆◇


 ――カナタが追い出された翌日、ブレイド伯爵の館では月に一度の鉱石の仕入れ日となっていた。

 担当の使用人がいつも通りにカナタに声を掛けに部屋へと向かったのだが、そこにカナタの姿はない。

 使用人は舌打ちをしながらもカナタの姿を探すものの見つけることができず、たまたま見かけた長男のユセフを見つけて声を掛けた。


「すみません、ユセフ様」

「なんだ? 俺は暇じゃないんだが?」


 偉そうに睨みを利かせるユセフにペコペコと頭を下げながら使用人はカナタの行方を確認した。


「カナタだと? あいつなら昨日、父上に勘当されて出て行ったぞ」

「……え?」

「話は終わりだな」

「いえ、あの」

「終わりだな!」

「……はい。すみませんでした」

「ふん!」


 再びペコペコと頭を下げた使用人を睨みつけ、ユセフは去っていく。

 そして使用人は地面を見ながらどうしたものかと思案していた。


(マズいぞ! 私では鉱石の善し悪しなんてさっぱりだ!)


 この使用人は鉱石の善し悪しを完全にカナタ任せにしていた。

 元は食料を取り扱う使用人だったのだが、ヤールスの鶴の一声で何故か鉱石担当に回されてしまった。

 そこで学ぶ努力を行えばよかったのだが、この使用人はユセフからごく潰しだと言われていた役立たずの五男を頼ったのだ。


『――構いませんよ。俺にできる事であれば』


 カナタの言葉を頼りに鉱石を卸す商人と対面し、色々と教えてもらいながら仕入れを行った。

 そこでも学ぶチャンスはあったのだが、使用人は自分が学ばずともカナタがいれば楽に仕事をこなす事ができると思い込んでしまった。

 そして、毎月のように商人とのやり取りをカナタ任せにして半年が経過した今日、そのツケが回ってきてしまったのだ。


「……ほ、他のご子息がいるはずだ!」


 いつまでも商人を待たせるわけにはいかず、使用人は次男以下の子息を探し始めた。

 しかし、彼らも仕事を持っており館にいる事の方が珍しい。ユセフがいたのは次期当主であるからで、ろくに仕事をしていないからでもあった。


「……わ、私が、やるのか」


 肩を落としながら館の裏に移動すると、当然ながら待たされている商人は怒り心頭だ。


「まだなのかね? いくら伯爵様の使用人だからって、こちらも忙しいんだがね?」

「も、申し訳ございません! さ、早速鉱石を見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「見てくれるならいいんだが……なんだ、カナタ様はいらっしゃらないのか?」


 馬車から荷物を下ろしながら商人が問い掛けると、使用人は汗を拭いながらユセフから聞いた内容を伝える。


「はあっ!? カナタ様が、勘当されただと!」

「は、はい。ですから、今月からは私が全てを担当させていただきます」

「……そうかい。まあ、こちらとしてはしっかりと買ってくれるならありがたいからな」

「よろしくお願いいたします」


 しかし、使用人は鉱石を見せられても善し悪しが分からずにここでも時間を掛けてしまう。

 そして、商人が貧乏ゆすりなどで苛立ちを露にすると、ろくに確認をすることもなく木箱一箱を購入を決めてしまった。


「毎度あり」

「は、はぁ」


 一箱分の金額を受け取った商人はいつも通りの笑顔で馬車を走らせる。


「……あの使用人、来月はいないだろうなぁ」


 使用人が購入した木箱の中身、あれは商人から見ても悪い鉱石が多く入ったものだった。

 本来であれば別の取引先で安く買い取ってもらう用のものだったが、使用人が買うと言ったのだからキロ単位での販売価格で提示した。

 それすらも疑うことなく支払ったのだから、商人としては儲けものだ。

 さらに言えば、使用人のミスはそれだけではなかった。


「五男とはいえ、自らの子供を勘当ですか。カナタ様は私たちみたいな外の人間にも礼儀正しかったのになぁ。……ブレイド伯爵家も、そろそろおしまいかねぇ」


 カナタがヤールスの怒り買うような事をしたという可能性ももちろん残っていたが、商人にとって実際はどうだったのかという事は関係なかった。


「あんな使用人を雇っているくらいだ、カナタ様は何も悪くないだろうねぇ」


 商人の目、といえばいいのだろうか。彼は自分が培ってきたその目を信じてヤールスの所業を別の商人へと伝えていく。


 ――そして、商人がブレイド伯爵の館を訪れてから数時間後、ヤールスの怒声が響き渡たり仕入れ担当の使用人はその場で解雇されたのだった。

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