第9話:初めての魔獣

 森を進む中で、二人は魔獣に遭遇していた。

 初めて魔獣をこの目で見るカナタは自然と全身から冷や汗が噴き出したが、リッコは慣れた様子で剣を抜く。


「あれはキラーラビットね。カナタ君は下がってて」

「わ、分かりました!」


 戦闘は門外漢のため、素直に従うカナタ。

 その間、キラーラビットに剣を向けて牽制し動きを制限する。

 そして、カナタが距離を取ったのを確認すると一気に間合いを詰めていく。

 キラーラビットは見た目は真っ白な毛皮を纏い可愛らしいが、額に生えている一本角で相手を貫き獲物を取る狂暴な魔獣だ。

 本来は強靭な脚力で飛び掛かってくるが、今回はリッコが先手を取っている。

 飛び掛かられる前に剣を振るい、地に足を着けたキラーラビットを両断した。


「……は、速い」


 あまりの早業にカナタは目で追う事ができなかった。

 リッコが前に出る直前に身を沈めたところまでは終えたが、気づけば両断されたキラーラビットが転がっていた。


「ふぅー。……終わったよー、カナタ君!」

「リッコ、強いな」

「キラーラビットはそこまで強い魔獣じゃないし、これくらいできなきゃ冒険者なんて名乗っていられないわよー!」


 そう口にしながらリッコは倒したばかりのキラーラビットにさらにナイフと突き立て始めた。


「あ、あの、リッコ? 何をしているんだ?」

「え? 魔獣の解体だけど?」

「解体? ……あぁ、素材を取っているのか」


 カナタも魔獣の素材について聞いた事くらいはあった。

 一般的な鉱石よりも硬質なものが取れることもあれば、獣よりも上質な毛皮を持つものもいると。


「まあ、キラーラビットに関してはありふれた魔獣だし、そこまでのお金にはならないけどねー」

「それでも、お金はお金ですもんね」

「おっ! 良いこと言うじゃないのさ! そうそう、小金でもお金は大事! ちりも積もりば何とやらってね!」


 話をしながらも手を動かしていたリッコは手際よく解体を進めており、キラーラビットの角、毛皮、肉、最後に魔獣の体内で生成される魔石を回収した。


「へぇー。これが魔石かぁ」

「カナタ君は魔石を見るのは初めてかしら?」

「あぁ。家では質の悪い鉄しか扱わせてもらえなかったからな」


 まじまじとカナタが見つめていると、リッコはやや考えた後にずいっと魔石をカナタの目の前に差し出した。


「え?」

「これ、あげるわ!」

「えぇっ! でも、魔石だって換金できるんだろ? それを何もしてない俺が貰うとか、ダメだろ!」

「うーん……それじゃあ、私に作ってくれる剣のために魔石も使ってくれないかな?」

「剣に魔石を? ……やった事がないんだが」

「まあ、物は試しって事でね!」


 こちらもやや考えた後、リッコからの申し出という事もあり頷くことにした。


「……分かったよ。失敗しても恨まないでくれよ?」

「これくらいで恨まないわよ! パルオレンジに到着するのが楽しみになってきたわねー!」


 差し出された魔石を受け取ったカナタは、手の中に収まった魔石をさらに見つめながら答える。

 その姿を見たリッコは立ち上がるとルンルン気分で歩き出した。


「よーし! それじゃあ行きましょう! 森を抜けたらパルオレンジまですぐだからね!」

「おぉーっ!」


 進む足を再開させた二人は、時折魔獣と遭遇しながらもリッコが素早く討伐していく。

 朝一で出発したこともあり、昼前には森を抜ける事に成功した。


「……よ、ようやく、突破できた~」

「これくらいで疲れていたら、この先が思いやられるわよー?」

「は、初めての森歩きだったんだから、そこは勘弁してくれ」

「はいはい。そういう事なら、ここで言ったん昼食にしましょうかね?」

「……飯がない」

「キラーラビットのお肉ならあるけど?」

「ダ、ダメですよ!」


 野営場所で魔獣を狩り、その肉を食べる。これは冒険者であれば当然の行動だ。

 だが、カナタは冒険者ではないし突発的に護衛を依頼している立場である。

 魔石は後に剣の材料とするから良いと考えたが、自分が食べるためにリッコが得られるお金が減るのは勘弁ならなかった。


「パ、パルオレンジまで頑張る! 行こう、リッコ!」

「頑固だねー。まあ、若者はそれくらいがちょうどいいかしらねー」


 森を抜けると高台になっていた。そこから見下ろした景色の中に、中規模の村が確認できる。そこが二人の目的地であるパルオレンジだ。

 リッコからすると当たり前の旅路だったのだろうが、カナタからすると非日常的な一日だった。

 野営をし、森に入り、魔獣と遭遇し、新たな村に辿り着いた。

 死ぬかもしれないと思った一日だったが、こうして生きていられたなら新たな人生を送る事もできるだろう。


「俺の人生は、ここから始まるんだ!」


 こうして、カナタの新たな人生はようやく始まりを迎えたのだった。

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