第8話:リッコとの野営

 焚き火も野営準備も手早く終わらせてしまったリッコの手際を見て、カナタは自分が何もできない箱入りだったのだと実感してしまう。


「……あの、本当にありがとうございます」

「いいのよー。困った時は助け合いだからね!」

「それが、うちの元家族にもあったらよかったんですけどねぇ」


 ため息を付きながらそう口にして下を向いてしまう。

 そんなカナタの目の前に差し出されたのは、焚き火で温められたお茶だった。


「これでも飲んで元気出しなさい! 若者よ!」

「若者よって、リッコさんも若いですよね?」

「あら、女性に年齢を聞いたらダメだって言われなかった?」


 カナタとは違って常に笑みを浮かべているリッコ。彼女の姿を見ていると、自分がいまだに落ち込んでいることがバカらしくなってきた。


「……言われたことはないけど、なんとなく分かるよ」

「ならいいわ! でも、確かに若いから私はいいんだけどね! 私は17歳よ!」

「俺は15歳です」

「私の方がお姉さんなのね!」

「……そうは見えないけど」

「あら! 失礼しちゃうわね! うふふ」


 やはり笑みを絶やさない。

 出会えたのがリッコで本当によかったとカナタは思っていた。


「そうそう、これは冒険者としての助言なんだけど……夜の森には準備なしで絶対に入らないこと、いいかな?」


 忠告なのだろう。この話の時だけは笑みを消して真顔で見つめてきた。

 カナタもリッコの雰囲気が変わったことを理解し、ゴクリと唾を飲み込みながら何度も頷く。


「野生の獣だけではなく、魔獣だって彷徨いているわ。それくらいの知識はあるんでしょう?」

「……あぁ。だけど、どうしようもなかった。正直、森の奥から物音がした時は死んだと思ったけどね」

「そう思えるなら、これからは大丈夫よ。次の村までは私も着いていくし、そこでしっかりと準備を整えれば良いわ!」


 その言葉に、カナタは自分が死ぬかもしれなかったと改めて自覚する。そして、これからは命を大事にするべきだと心に刻んだ。


「……そうだね。せっかくリッコさんに助けてもらった命だし、大事にするよ」

「そうそう、カナタ君! 私のことはリッコでいいわよ。それと、敬語もなしね! いつも通りのカナタ君でよろしく!」

「え? でも、年上だし、命の恩人だし?」

「あはは! まあ、確かにそうなんだけどね。私がむず痒くなっちゃうのよ」


 少し悩んだ後、本人が言うならばとカナタは納得することにした。


「分かりまし……いや、分かったよ、リッコ」

「それでよろしい! それじゃあ、明日に備えてゆっくり休みなさい!」

「リッコは休まないのか?」

「もう少し周囲を警戒して、安全だと判断したら仮眠を取るから安心して」

「そうか……リッコ、本当にありがとう。お礼の剣は、俺の全力を込めて作るよ」


 快活な笑みを浮かべながらそう口にしたリッコに、カナタは最大限の感謝を口にしてから横になった。


「うふふ。期待しないで待ってるわよ」


 そして、リッコは周囲の警戒を始めて、カナタは深い眠りに落ちていった。


 ◆◇◆◇


 翌日、カナタは芳ばしい匂いに誘われて目を覚ました。


「……あっ! ご、ごめん、リッコ! 食事の準備まで!」


 芳ばしい匂いはリッコが朝食を準備している香りだった。

 慌てて立ち上がったカナタだったが、その様子を見ながらリッコは笑っている。


「あはは! 大丈夫よ、カナタ君! これが私の日常だからね!」

「……本当に、何から何まですみません」

「違うわよ、カナタ君! 謝られるよりも、お礼を言われた方が嬉しいからね!」

「……はい。ありがとう、リッコ」

「それでよーし! さあ、お茶とご飯よ! しっかり食べて、パルオレンジまで向かうわよ!」


 二人の目的地は森を抜けた先にある小さな村、パルオレンジ。

 そこまで行けばリッコとはお別れだが、カナタの新たな人生のためには仕方がないと考える。

 だが、昨日の寝る前に伝えた通り、全身全霊を込めた剣を作るのだと心に決めてもいる。


「ねえ、リッコ。パルオレンジに着いたら、素材屋に案内してもらっても良いかな?」

「いいけど、どうして?」

「約束しただろう? リッコに剣を作るって」

「そういうことね! でも安心して! 素材は私が準備するから!」


 まさかの言葉にカナタは慌てて口を開く。


「ダ、ダメだよ! そこまでお世話になるわけにはいかないって! それに、リッコが満足できる剣ができるとは限らないんだよ?」

「構わないわ! そもそも、私もパルオレンジに向かうつもりだったからついでだし、剣も期待しないで待ってるわけだしね!」


 リッコの気持ちに甘えて良いのか、少しばかり考えてしまう。

 だが、今のカナタに選択肢はない。それほどに何の準備もできていないのだ。


「……ありがとう、リッコ。この恩は剣もそうだけど、別の形でも返していけるように頑張るよ」

「うんうん! その意気だよ、若者よ!」


 賑やかな朝食を終えると、二人は野営場所を片付けてから出発した。

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