第7話:初めての野営
カナタは街道と道沿いに進んでいる。
特に行く宛などなく、ただ追い出された門から続いている道を進んでいるだけだ。
それでも自分が自由なのだと思えばとても気が楽になった……日が差している間までは。
「……ものすごく暗いな、夜の街道は」
月明かりがあるとはいえ、それでも周囲に明かりがないと不安になってしまう。
そして、カナタを不安にさせる理由は別にもう一つ存在した。
「夜は魔獣が活発になるって聞いたけど、本当かなぁ?」
自営の手段など何一つ持っていない。せめて作り出したナイフが手元にあればと思えてならない。
「手元に残されたのは、これくらいかぁ」
着替えやゼンス、鍛冶に必要な道具以外で持ち出したものと言えば、こっそり集めていたなら小さな鉄屑。
全てを溶かして固めれば、使い終わった屑鉄を使うよりも多少はマシな作品を作れると思っていたのだが、今となっては意味のないことだった。
「俺の鍛冶のやり方が異常なのに気づいたのが今日だもんな。それに、父上は俺の力を錬金術とか言ってたけど、これは錬金術なのか?」
分からないことが多すぎる。
一度どこか安全なところでじっくり考えたいと思えてならない。
「ただし……目の前に広がるのは、森!」
背の高い木々が視界いっぱいに生えている。
月の光を遮る木々のせいで、森の中は暗闇に包まれていた。
「……よし、野営をするならここでだな!」
森の中は怖いという単純な理由から、野営場所は森の手前に決定した。
とはいえ、カナタは野営などしたことがないし、どうやれば良いのかという知識もない。
大雑把に食事ができて、寝られればいいだろうと、簡単にしか考えていなかった。
だが、現実はそう甘くはない。
「……食べられそうなものなんてないし! 地面も固いな!」
森の浅いところまで入ってみたものの、食べられそうなものを見つけられず、試しに寝転がってみればゴツゴツしていて寝られたものではない。
安全も確保しなければならずどうしたらいいのか、途方に暮れてしまう。
そんな時だった。
――ガサガサ。
森の奥で物音が聞こえてきた。
ドクンと心臓が脈を打ち、一気に緊張感が高まってくる。
「……や、野生の獣か? まさか、魔獣じゃないよな?」
夜に活発になるという情報が頭の中を駆け巡る。
周囲を見渡しても誰もおらず、武器になりそうなものも落ちていない。
「……死んだか?」
まさか追い出されたその日に死ぬとは夢にも思わず、カナタは美しい星空を見上げた。
だが、物音の正体は野生の獣でもなければ、魔獣でもなかった。
「――あれー? 君、こんなところで何をしてるの?」
「……人間、ですか?」
「いや、どこからどう見ても人間でしょうに」
森の方から姿を見せたのは、腰に二本の剣を下げた茶髪の女性だった。
何故こんな夜に女性が森の奥からと思ったが、彼女の身なりを見てカナタはホット胸を撫で下ろす。
「……冒険者?」
「そうそう、冒険者。ってか、じゃなかったら夜の森の中から女性が一人で出てくるとかないでしょう」
「……で、ですよね~」
「それで、君は何をしてるの?」
自分一人ではどうしようもないと、カナタは自分の身の上を説明することにした。
ブレイド伯爵家の五男だったこと、そこを夕刻前に勘当されて追い出されたこと、そして今に至るのだと。
「……えっと、話が急展開過ぎない?」
「俺もそう思います。正直、何の準備もできてなくて、街に戻ろうにも門番にまで話がいってて入れてくれなくて」
「あちゃー。ブレイド伯爵家って、噂には聞いてたけど最低の貴族なんだね。……あー、子供の前で言う話じゃなかった?」
「いえ、すでに勘当されているので子供ではないです」
事実、ヤールスはカナタを追い出したその足で役所に向かい、カナタをブレイド家の戸籍から抜いている。
その場面を目撃していないが、ヤールスなら即行動に移すだろうカナタは思っていた。
「それで、森の手前で立ち往生ってわけ?」
「一応、野営をしようと思ってたんですが、何をどうしたらいいのかも分からなくて」
「初心者には難しいだろうねー。何の準備もしてないんでしょう?」
「……はい」
女冒険者の言葉に俯いてしまったカナタ。
その姿を見た女冒険者は頬を掻きながら少しばかり考えると、こんな提案を口にした。
「それじゃあさ、私が次の村まで面倒見てあげようか?」
「い、良いんですか!?」
「その代わり! ……条件がありまーす!」
前のめりになったカナタを牽制するように腕を突き出すと、人差し指を立てながらにこりと笑った。
「ブレイド伯爵家って、鍛冶師の名門なんだよね?」
「今は落ちぶれてますけどね」
「そうなの? まあいいや。そんでさ、君に私の剣を一本打ってもらいたいのよ!」
「……俺に、ですか? 追い出された身ですよ?」
女冒険者に得のない条件に、カナタは疑問を口にしてしまう。
「構わないわ! 期待はしてないけど、冒険者にとって武器は大事な相棒だからね。少しでも良い武器が手に入る可能性があるなら、試してみたいのよ!」
「そういうものですか?」
「さあ? 私も田舎から出てきた身だからよく分からないけど」
あまりの言い分に呆気に取られてしまったカナタだが、女冒険者の言葉に嘘はないと思っていた。
何故なら、彼女がとても楽しそうに笑いながら語ってくれたからだ。
「……分かりました。俺なんかの剣で良ければ、いくらでも打ちます!」
「交渉成立だね!」
「あっ! お、俺はカナタって言います! ブレイド伯爵家を勘当されたので、ただのカナタです!」
「私はリッコ! よろしくね、カナタ君!」
こうして、カナタは絶体絶命の危機をリッコに助けてもらったのだった。
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