第6話:勘当と出発

 ――そして、カナタは事前にまとめていた荷物を片手に館がある街の外に立っていた。

 すでに日は傾き、このままでは野営をすることになる。

 幸いにも時季的に暖かい季節なので凍えることはないが、それでも野営などやったこともないのでどうしたものかと途方に暮れてしまう。


「……まさか、突発的に勘当、そして追い出されるとはな」


 元々家を出るつもりだったが、ある程度準備を整えてからの予定だった。


「一番近い村でも……徒歩だと結構な距離があるぞ」


 時間にして一時間は掛かってしまう。

 時間だけを見ればそこまでの距離ではないが、日の傾き加減からすると到着する頃には夜になるはずだ。


「……まあ、それもありか」


 危険がないわけではない。

 野盗だっているだろうし、何より魔獣が存在している。

 大きな都市の近くでは魔獣狩りが定期的に行われておりその数を減らしているが、それでもゼロではない。

 むしろ、ゼロにできないからこそ定期的に行われているのだ。


「戻るわけなもいかないし……ってか、戻れないし、行くしかないよなぁ」


 ヤールスから門番に話が行っているのだろう、先ほどから睨みを利かされている。

 この状況で戻ったとしても追い返されるのは目に見えて明らかだ。


「なるようになるか」


 意を決したカナタは、荷物を片手に歩き出す。

 目指す場所はブレイド伯爵領から遠く離れた辺境の地である。

 自分のことを知らない、有名になってもブレイド伯爵家に名前が届かないような場所を目指して。


 ◆◇◆◇


 ――一方で、カナタを追い出したブレイド伯爵家の館ではちょっとした問題が起きていた。


「……気味の悪いナイフだな」


 ヤールスはカナタから奪い取ったナイフを見ながらそう呟き、工房の屑鉄置き場に放り投げた。

 ガシャンと激しい音を立てて埋もれてしまったナイフだったが、これが後にブレイド伯爵家を騒動に巻き込むこととなる。

 もちろん、ヤールスは知る由もない。


 その日の夜、珍しくブレイド伯爵家の館にカナタを除く全員が集まっていた。


「親父が全員を呼び出すなんて珍しいな」

「だが、カナタがいないみたいだが?」

「あいつ、五男のくせに遅れてるのか? ふざけてないか?」

「……館に来てから、一度も姿を、見ていない」


 長男のユセフから、次男のヨーゼス・ブレイド、三男のルキア・ブレイド、四男のローヤン・ブレイドが次々に口を開く。

 その中で母親のラミアだけは一言も話すことなく食事を口に運んでいる。

 四人の子供たちの発言を受けて、ヤールスは口を優雅に拭いてから事実を告げた。


「カナタは勘当した」

「勘当? ……まあ、あいつは単に飯の量を減らすだけのごく潰しだったからな」

「それにしても思い切ったなぁ」

「五男とはいえ、領民からの非難が集まるんじゃねぇのか?」

「……俺は、変な噂とか、嫌だ」


 強気な発言をしているユセフとは違い、次男以下は周囲からの影響を気にしている。

 だが、ヤールスが勘当した理由を口にすると全員が納得したかのように頷いた。


「あいつは錬金術を使ったのだ」

「はあ? 錬金術だと? 出来損ないのあいつがか?」

「なるほどね。鍛冶では俺たちに敵わないから、錬金術に逃げたのか」

「はん! だったら勘当されても仕方ねえな!」

「……ブ、ブレイド伯爵家は、鍛冶師の、家系」


 カナタが行った行為を目にしたのはヤールスのみで、彼は腕は悪いながらも現当主である。

 そのせいもあり、誰もヤールスの言葉を疑う事はなかった。


「まあ、そういう事だからカナタはこの館にはいないし、街からもすでに追い出した。それよりも大事な話をこれから行う」


 五男とはいえ自分の子供を追い出した。それよりも大事な事があるとヤールスは告げる。

 そして、四人の兄弟も特に気にすることなく話に聞き入った。


「七日後、王都より殿下が我が領地へ視察にやってくる」

「おぉっ! それは素晴らしい!」

「素晴らしいが……視察って事は、作品も見に来るんだろう?」

「そうだよなぁ。俺たちの作品なんて、見てもつまらないだろうしよ?」

「……同感」


 次男以下は自分たちの鍛冶の腕を理解している。

 可もなく不可もなく、いわゆる突出はしていないという事を。

 だが、ユセフはその事を全く理解しておらず、その点で言えばヤールスよりも質が悪いかもしれない。


「安心しろ。この剣を見せれば、殿下も安心してくれるだろうさ」


 そう口にして取り出されたのは、ザッジの剣だった。


「……だが、父上。その剣は、前回の視察でも見せたのでは?」

「そうだ。だが、質を維持するというのも鍛冶師にとっては大事な事だ」

「それはそうだがよう……」

「心配することはない。全て私に任せておけ」

「……わ、分かりました、父上」

「なあ、親父! 俺の剣を見てもらった方が早いんじゃないか!」


 そして、自分が一番だと思い込んでいるユセフはあり得ない提案を口にした。

 さらに、今まで一言も発しなかったラミアまでが口を開いてきた。


「そうですよ、あなた。ユセフの剣を見れば、殿下もさぞお喜びになるでしょう」

「……あ、安心しろ、ユセフ。お前の剣は、最高のタイミングで殿下に披露するつもりだ」

「それは本当か、親父!」

「あぁ。だが、それは今回の視察ではない。それまでは、しっかりと鍛冶の腕を磨いておくんだ、いいな?」

「はははっ! もちろんだ!」


 二人のやり取りを三人の兄弟は見て見ぬ振りをして、ラミアは微笑みながらユセフを見ている。


(((俺たちも領地を出た方がいいんじゃないかね?)))


 そして、兄弟たちはそんな事を考えていたのだった。

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