第5話:決意の結末は……
自分の部屋に戻ったカナタは少ない荷物を大きめの麻袋にまとめると、家を出る準備を終わらせた。
このままブレイド伯爵領で生活していても自分に未来はない。そう考えての決断だ。
衣服が三組に、少ない小遣いを貯めておいた5000ゼンス。
そして、鍛冶師としてやっていくと決めた日にヤールスから貰った中古の鎚で大小の二本。
荷物はたったのこれだけだ。
鍛冶をするにはもっと道具は必要だが、全てを持っていくとなれば重くて持ち運べない。
鋏や金床、その他の道具は仕方なく置いていくことにした。
「そうだ。領地を出る前に一度試しておこう」
思い立ってすぐに準備を始めたが、先ほどの鍛冶……と言えばいいのかカナタも不明だが、それができるか試さなければいけないと冷静になる。
幸いにも、館にはヤールスの工房があり、そこには素材が大量にある。不良在庫、と言えなくもないが。
とにかく、ここには様々な素材があるのでカナタは部屋を出るとヤールスの工房へ向かった。
工房に到着すると、そこには誰もいなかった。
ちょうど良いと一番小さな鉄のインゴットを手に取る。
だが、手に取るだけでは同じ現象は起こらない。
「……何か条件でもあるのか?」
カナタは最初に剣ができた時のことを思い出していた。
剣ができる前にはザッジの剣を手にしており、その後にインゴットを手にすると全く同じ剣が出来上がっていた。
「うーん、事前に別の武器を手に取ることが必要なのか?」
ならばと工房の中にあった一振の剣を手にしてみる。
ヤールスが打った剣だが、職人が見れば一目瞭然だろう。
「……これ、俺の打った剣とそこまで変わらないだろう」
仮にも鍛冶で成り上がってきた伯爵家の当主が打った剣とは思えないと呆れながらも、カナタは小さなインゴットを握る手に力を込める。
「……これでも反応なしか。なら、もっと何か条件がある?」
そこでカナタは手に持つインゴットに視線を落とす。
そもそも、手にしている小さなインゴットでは、剣を打つにしても大きさがまるで足りない。
足りていないものを作ることができるのだろうか。
「これで作れるサイズならいけるか?」
だが、ヤールスの工房には小さなインゴットで作れそうな作品がどこにもない。
手に取ることで作ることができるなら、小さなインゴットでは何も作れないことになる。
「このサイズなら、ナイフとか包丁とか、その辺りだけど……うおっ!?」
だが、小さなインゴットは突如として光を放ち始めた。
まだナイフも包丁も手にしていない。それなのに輝きだしたインゴットを見つめながら、カナタはある可能性に気がついた。
「……もしかして、俺のイメージに合わせて作られているのか?」
ザッジの工房では実物があったが故に頭の中でザッジの剣を思い浮かべていた。
今はナイフと呟きながら自然と形を思い描いている。
そして、カナタの予想は的中していた。
姿形を変えていくインゴットは、イメージしたナイフの形に変化していく。
そして、光が収まると手の中にはイメージしたものと同じ形のナイフが存在していた。
「……やっぱり、そういうことなのか」
これが全てではないだろうと思いながらも、カナタは現時点で分かっていることをまとめることにした。
一つ、イメージした形に素材を変化させることができる。
二つ、素材の大きさに合わせたものしか作れない。
三つ、質がその素材で作れる最高のものになる。
「……こんなところか」
ザッジの工房では剣をそのままイメージしたので、ザッジが打つ最高の剣になったのだろう。
「まだまだ検証は必要だけど、今はイメージした形になると分かったのは良いことだな」
そんなことを考えていると――
「お前、今のは何だ?」
力の検証に夢中になってしまい、ヤールスが戻ってきたことに気づかなかった。
「……父上」
「カナタ、今のは何だと聞いたんだ!」
「聞いてくれ、父上! これが俺の鍛冶だったんだ! 質の良い作品が出来上がるし、これで俺もブレイド伯爵家を名乗れる――」
「そ、そんなものは、鍛冶ではない!」
「……え?」
見られたからには事実を伝えた。
信じないと心の中で思っていても、さらに奥底では信じたいと思っていたのだろう。
だが、カナタのそんな気持ちは呆気なく打ち砕かれた。
「貴様は、錬金術師にでもなるつもりなのか!」
「ち、違います! これは、俺の鍛冶の形なのです!」
「そんなものが鍛冶のはずがないだろう! そして、訳の分からない方法でナイフなど作りよって! そんなもの、売れるわけがないじゃないか!」
「いいえ! これは鉄のインゴットでできる作品の中では最高の出来に――」
「言い訳は聞きたくない! この方法でもの作りをやると言うなら――カナタ、貴様は勘当だ!」
そして、出ていくつもりだったカナタに対して決定的とも言える言葉がヤールスから突きつけられた。
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