第3話 悩み

 七瀬さんがいなくなり、私に笑顔が戻りました。心に余裕が生まれて詩織さんのことが気にならなくなりました。直人さんが他の女性に優しくても平気です。恋人は、私だけですから。


 直人さんと旅行に行くことになりました。直人さんは出張です。金曜日に出張なのでそのまま泊まることにしました。私は有休をとり、別々に目的地へ行きます。金曜日の昼前に起きて、午後の新幹線で目的地へ向かいました。

 現地へ着いたら優しい風が吹きました。春と夏の間の気候です。私が好きな季節のうちの一つです。天気が良く、このまま直人さんとこの街を歩けたら最高だと思いました。

 夕方五時、仕事が終わる直人さんと待ち合わせをしています。知っている人がいない土地なので堂々と手を繋いで歩きたかったです。けれども万が一のため、外で会うのはやめました。もし二人一緒のところを誰かに見られたら「たまたま」で乗り切れるとは思いません。直人さんは慎重です。それに、私のためです。

 

 いつも通りホテルで会いました。泊まった部屋で直人さんに悩みを打ち明けられました。

「百合絵の前の夫が、百合絵とよりを戻したいと言っているそうなんだ。娘をとられそうで不安なんだ」

 百合絵というのは直人さんの奥さんです。直人さんは子どもができない体です。それもあって娘は宝だと言っています。百合絵さんの元夫は「二人目を考えている」などと言っているそうです。それを直人さんに言う百合絵さんの無神経さに腹が立ちました。それに百合絵さんの元夫も常識外れじゃないですか。直人さんはとても苦しんでいます。

 直人さんはずっと落ち込んでいて旅行気分云々ではありませんでしたが、ずっと直人さんと一緒にいられたので嬉しかったです。

 私には全てを打ち明けてくれます。直人さんが全てを打ち明けられるのは私だけです。そう実感すると、私の心には余裕が生まれました。


 直人さんの娘を見守るため、私は半休をとり娘が通っている幼稚園へ行きました。

 けれどもどの子か解りません。なので一度、彼のあとをつけました。私は仕事で勤怠管理もしているので、直人さんの事前休暇は全て把握しています。直人さんは時間休暇を申請していたので、娘のお迎えだと思いました。私は同じ日の少し早い時間に時間休暇をとり、直人さんに見つからないように待ち伏せをして、あとをつけました。

 直人さんはとても愛おしそうに娘を見つめていました。直人さんの娘は可愛い女の子でした。大きい目にサラサラの茶色い髪の毛。愛情をたくさん注がれているのが解ります。私はそのまま百合絵さんを想像しました。きっと娘と似ているのだろうと思いました。

 娘の顔を覚えたので、それからも時々見守りに行きました。百合絵さんも見ました。想像以上に綺麗な人でした。


 最近の直人さんは元気がないです。もう少し詳しく言うと、私にあまり優しくないのです。ホテルで会う回数も減った気がします。

 私は直人さんのためにいつだってスケジュールを空けています。きっと百合絵さんの元夫のことで悩んでいるのだと思いました。直人さんは娘の絵美ちゃんをとても大事に思っています。直人さんの幸福が、私の幸せです。

 直人さんを落ち込ませて、さらには私への気遣いも忘れさせる百合絵さんの元夫が憎いです。直人さんの心を傷つけるなんて許せないです。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとかと聞きます。馬はいないので、私が殺そうと思いました。そうすると直人さんは悩みの元凶が消えて元気になるはずです。


 早速計画を練りました。夜道でふいに攻撃するのがいいでしょうか。いきなり本番は危ないので、まずはターゲットを尾行することにしました。何日か尾行しようと決めていました。そしたら初日に一気に展開があったのです。

 百合絵さんの元夫がコンビニに寄ると、そこには百合絵さんがいたのです。仲睦なかむつまじい様子です。コンビニの外から見えないように店内の奥に行ったのは人目を気にしているのでしょうか。二人とも笑顔で、とても愉しそうに話しています。あの元夫を殺すために尾行していたのに空振りした気分です。

 ふと、この二人がよりを戻したら私と直人さんが一緒になれるのでは……と思いました。いえ、駄目です。直人さんの幸福が先です。やっぱりこの男は殺すのです。少しでも心が揺らいだ自分が恥ずかしくて、数日後実行することに決めました。


 シュミレーションを重ねて、運よく人通りの少ない日に決行しました。

 後ろから襲いかかりましたが抵抗されました。その際にバッグのひもをつかまれたので必死に振り払い、逃げました。追いかけてきたので私は機転を利かせて「きゃー」と大声で叫びました。この状況を見れば誰だって私が被害者だと認識すると思ったからです。男も同じことを思ったのか、逃げて行きました。

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