第2話 恋人ごっこ

 直人さんは取引先の女性と仲良しです。部品を作る会社の営業をしている詩織しおりさんという方です。ある日、詩織さんが大学の後輩だと知り、話が盛り上がったそうです。それから直人さんと詩織さんは仲良くなりました。


 詩織さんが事務所にあいさつに来ました。目がくりっと大きくて髪の毛がサラサラでした。爪が綺麗に磨かれていました。愛想も良く、大抵の男はこの人を好きになると思いました。

 詩織さんが事務所から出て行き、どこに行くのか気になり追いかけようとしました。そしたら廊下で直人さんと愉しそうにお喋りをしていました。愉しそうに。いちゃいちゃと音が聞こえそうです。いちゃいち、いちゃいちゃ。


 けれども詩織さんには彼氏がいるそうなのでいいとして、直人さんと同期の七瀬ななせ亜未あみさんとはまるで友達のように接しています。

 ラインが立ち上がり落ち着いた頃、七瀬さんは現れました。七瀬さんは色白でまつ毛が長く、美少女という表現がぴったりの顔立ちをしていました。直人さんと同期なので三十二歳のはずです。私より年上なのに肌がとても綺麗でした。髪型はウィッグのように切り揃えたボブカットで七瀬さんに個性を与えていました。

 七瀬さんは人事部の人間です。こっそり人事評価をするために現場を訪れているのでしょうか。直人さんと愉しそうに話しています。


「初めてのチーフで、どう?」

 立ち上げの慌ただしさも落ち着いた今、そんなことを聞いていました。

 立ち上げの一番大変な時に一緒にいたのは私です。支えた、なんて表現は言いすぎですが一番大変な時に私が直人さんの一番近くにいました。その苦労を知りもせず、生産計画に追われる現場の焦りも苦労も知らずに直人さんと話したいから来ているんじゃないかと思いました。直人さんだって私がいたからあの忙しい日々を乗り越えられたんじゃないですか。いけない、こんな考え。


「質問の答え方にも気を配るのよ」

「亜未の言葉一つで俺、降格か? 怖いなぁ」

 亜未? 下の名前で呼ぶ仲だったんですね。私のことは「高橋たかはしさん」なのに。七瀬さんとは同期のボーダーラインを超えて仲が良いんですね。詩織さんと正反対のサバサバした性格の七瀬さん。こういうサバサバ系美人が危ないんです。大体あんなに美人なのに独身だなんて、もしかして直人さんを狙っているのでしょうか。



「恋人ごっこしよう」

 ある日直人さんに言われました。私の目をまっすぐと見つめて。冗談ではなく本気だと思いました。そんな冗談を言う人ではないのです。その頃の私はもう、直人さんがいない毎日は考えられませんでした。私は承諾しました。こうして私と直人さんの不倫が始まりました。


 直人さんには娘がいます。奥さんの連れ子なので血は繋がっていないけれどもとても大事に思っていると言っていました。そういった気持ちも正直に打ち明ける直人さんはとても誠実な人だと感じました。

 私と直人さんは隣町のホテルで会いました。時間差で部屋に入ることにしています。直人さんは奥さんに残業すると言い、私とホテルで会いました。どんどん直人さんが好きになりました。ただ、直人さんは私のことを未だに「高橋さん」と呼びます。私は名前で呼んでほしいけれども万が一、人前で「花音かのん」と呼んでしまうと大変なので名字で呼ぶことをやめません。


 直人さんは結構モテます。ルックスが爽やかなのもあるけれども女性に優しいので勘違いをしてしまう人が多いのです。私とつきあっているのに相変わらず七瀬さんとは仲良しでした。

 直人さんは時々、現場の同僚や技術部の人たちと飲みに行っているみたいです。そこに七瀬さんがいることもあるそうです。あれだけの美人です、周りが誘えと言うそうです。けれども直人さんも七瀬さんといるといつも愉しそうです。


「亜未は同期だし恋愛対象には見れないな」

 そんなことを言っていました。確かに、他の女性とは接し方が違います。七瀬さんにだけ、男友達に接するような態度です。私は逆に不安になります。七瀬さんだけ特別なの?


 疑惑は広がるばかりです。直人さんの言葉が信じられなくなりました。嫉妬することが辛いです。直人さんの前ではいつも笑顔でいたいのに。苦しいです。もう七瀬さんと直人さんを疑いの目でしか見られなくなりました。もう耐えられません。

 私は衝動的に七瀬さんを階段からつき落としてしまいました。邪魔者は消えた。七瀬さんは入院することになりました。

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