僕のためにありがとう
青山えむ
第1話 心中事件
―二〇✕✕年〇月✕日、
二十代も最後の歳になったのでネットニュースだけではなく新聞も読もうと思い、先月から定期購読を始めた新聞を読んで知る。直人さんが死んでしまった。私をおいて……。
私と直人さんは会社で毎日会っていました。出会った頃はとっつきにくいかと思っていましたが一緒に仕事をしているうちに打ち解けました。
私たちはものづくりの会社で働いていました。私たちは新しいラインとチームの立ち上げメンバーに選ばれました。
立ち上げは過酷です。何もない状態、ほぼゼロから作り上げます。唯一あるとすれば過去の経験だけです。
マニュアル作成、人員配置、工程の確認と割り振り、同時にデータで品質基準を満たさなくてはなりません。
何十台データを
直人さんは初めてのチーフで初めての立ち上げ業務で精一杯だったと思います。私は二度目の立ち上げで少しは要領が解っていました。
どんなに忙しくても決して投げ出さず愚痴も言わず、一生懸命仕事に取り組む彼に惹かれていきました。私は余裕ができると直人さんを見つめていました。
気づくと直人さんの隣にはよく、
天月はさわやかな直人さんの引き立て役にもなりませんでした。
装置の設置に技術部は欠かせません。けれども天月は装置ではなく直人さんにつきまとっていました。
技術部の人材育成も視野に入れて来ているらしいですが、天月はいつも見ているだけでした。天月はプログラミングは得意らしいですが、それ以外はポンコツだと噂されていました。技術部というのは名前だけで、技術は持っていないらしいです。
天月は直人さんに妙になれなれしいです。ラインが立ち上がったあとも技術部にはお世話になるので邪険にできないのだと思います。せっかく直人さんとトークしていても天月が入ってきて直人さんとの時間が中断されたこともあります。憎たらしい。
色々ありましたが無事に新規ラインは立ち上がりました。
それから一ヶ月ほど経った頃、インフルエンザと
チーフやスタッフといったメンバーはライン作業が出来ません。作業者がいないとラインは稼働しないのです。
生産計画もびっちりと入っていました。ライン立ち上げ当初は装置トラブルが相次ぎ、思うように稼働できません。連日残業で対応していましたが、さすがにみんな疲れが出てきたのでしょう。
直人さんやスタッフもライン作業を覚えようとしました。けれども作業自体を覚えても決まった作業時間内に工程作業を終えることは出来ません。この時間内に作業を終えるということが一番難しいのです。
私は事務所の人間ですが、ライン作業の経験があります。状況を聞いてすぐに現場に向かいました。上司の許可を得て一週間ほどライン作業に入ることになりました。事務所の仕事は周りの人に割り振りできますが、ライン作業はそれができません。賢明な判断だと思いました。
一週間、残業も毎日してなんとかその月の計画を達成しました。直人さんは「助かったよ」と言い
「僕のためにありがとう」
そう直人さんに正面から言われた時はきゅんとしました。このことがきっかけで直人さんとは急速に仲良くなりました。私が書類を持って生産現場に行くと直人さんは必ず声をかけてくれます。事務所に寄った時にお菓子をくれることもありました。
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