第3話 美しい仕事

 私は店のドアの前まで来た。その隣には、床屋によくあるアレがある。ほら、赤白青のクルクル回るやつだ。正式名称は知らない。知っている人に会ったこともない。こんなものを置いて、一体何の役に立つというのだろう。見ていても、面白くもなんともない。回っているうちに色が混ざって薄紫色にでもなればいいのに。


 コイツはひたすら赤白青でクルクル回るのだ。しかも、無音で。


 まあ、そんなことはどうでもいい。髪を切ってもらいに来たのだから。私は、意を決してドアを両手で押した。カランカランという心地の良い鈴の音。それから声が聴こえた。


「いらっしゃいませ」


 静かで奥行きのある、少しだけかすれた声。鈴の音を決して邪魔しない。というより、むしろ調和していた。


 声の主は、男だった。全体的に、紳士といった感じだ。長身で、清潔感のある真っ白なシャツに、きちんとした折り目がついたグレーのズボンを着こなしている。年齢は七十代前半ぐらいだろうか。綺麗に整えられた髪や髭は、美しさを感じるほど白い。純白という言葉で表現してもいい。どうやら、この人がここの主人のようだ。つまり、この人は佐藤さんということだろうか。


 私は、主人におそるおそる会釈をした。緊張のあまり、声は出なかった。私は、彼の高貴さを感じさせるほどの上品な雰囲気に圧倒されていた。そんな私の様子を微笑ましいとでも思ったのか、彼は朗らかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開けた。


「カットでございますね。こちらへ。どうぞお座りください」


 私は案内されるまま椅子に座った。真っ黒のテカテカしたレザーチェア。私のズボンにその革がキュッキュッとこすれて、気持ちのいい感触だ。それにしても、この椅子はかなり高そうに見える。失礼ながら、繁盛はしていないと思っていたのだが。意外だ。


 主人は、職人らしく腕まくりをし始めた。彼の腕が露わになった。そこには、力強さこそ無いが、緻密で繊細な筋肉が備わっている。


 腕をまくり終わるとすぐに、彼は、私の首にタオルをふんわりと巻き、シャキシャキとした触感の布を、サッと私に被せた。彼は、その仕事ぶりも非常に美しい。

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