第4話 熟練の仕事

 私の目の前には、床屋だから当たり前だが、鏡がある。


 しかし、私は必死でその鏡から目を背けていた。髪がボーボーに伸びた、醜い私の姿がそれに映っているのだ。私はこの空間に居てはならない存在なんじゃないだろうか。


 そんなことを思っていると、突然店主が私の耳元で囁くように、その声を吹き込んだ。まるで、秘密の話を私だけにするかのように。


「いかがいたしましょう」


「え。ああ。えーっと」


 突然聞かれたもんだから、カッコ悪いことに少し動揺してしまった。


 気を取り直して、さてどうしようか。やはり無難にいつもの髪型のまま、短くだけしてもらおうか。いやでも、初めての店に来たんだし、別の髪型に挑戦してみるのもいいか。でも、髪型一つ変えたぐらいで……。


「この髪型はそのままで、短くすればよろしいでしょうか。髪をすく感じで。どうでしょう」


「ああ。はい、それで」


「かしこまりました」


 結局、いつもの髪型でいくことになってしまった。今日も普通の一日になりそうだ。まあ、別にそれでも構わないが。


 主人は、いきなり霧吹きでシュッシュッと、私にミストを浴びせた。ミクロな水滴が、私の周囲の空気に漂う。これはどの店に行ってもやられるが、正直苦手だ。あの水滴を鼻から吸い込んでしまうと呼吸が苦しくなるのだ。


「それでは、始めさせていただきます」


 主人はそう言うと、櫛で私の髪をとかし始めた。彼の櫛が、滑らかに私の頭を通り抜ける。硬くてゴワゴワとした髪の毛なのに、上手いもんだ。いつもの店なら、

ここで何本かは犠牲になるところだ。


 とかし終わると、主人はハサミを持ち、いよいよ私の髪を切り始めた。カチャカチャという金属音が、私の耳元で静かにささやく。彼には無駄な動きが全く見られない。


 そういうところもいつもの店とは違う。いつもなら、無駄にハサミを動かし、カチャカチャカチャカチャと金属音を下品に踊らせる。私はヘアカットに関しては素人だから断言は出来ないが、この「バーバー・サトー」の主人は、腕は確かなようだ。

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